作詞・作曲:吉田拓郎。よしだたくろうのアルバム『今はまだ人生を語らず』(1974)に収録。

全編が「たくろう節」(勝手に命名)で満たされた力と勢いあるセッション然。

たくろう節、そう、特に有名曲だとKinKi Kidsがパフォーマンスした『全部だきしめて』のメロの部分を思い出しますが16分割(あるいはそれ以上に)に細かく刻むふしまわし。それも厳密に16分割などでは決してなく、バー(小節線)にぶつかり、至極自由に前後する印象でその前後の仕方も独特で唯一無二の彼のもの、すなわち「たくろう節」とでも呼ぶしかないと思わせる言葉のリズム、ゆらめきを楽曲それ自体が有して思えるのです。

もう少し具体的に申しますと、ボーカルの音程の上がり下がりする位置、言葉尻を伸ばす位置。「そこで上がるのか!」とか「そこの言葉尻を伸ばすのか!」といった意外性のかたまりなのです。真似したくても近寄らせてくれない、「吉田拓郎さんの唄」であることしか受け付けない楽曲の意志を垣間見るようです。これに加えて、こまかく音程を上げては下げて戻す、あるいはどっかへ行っちゃうような「こぶし」といいますか、くどいようですが「ふし」づけ、「ふしまわし」とでもいうしかないような細かい装飾のニュアンスがあります。

歌詞、すなわち言葉も独特で、日記のような個人としてのたたずまいでありながら、主人公とその周辺や群像、社会を巧妙に映しており、唯一無二の存在としての主人公でありながら、ほかの誰とでも交わり・接点をもちうるフレーミングです。いつだったか、ジャンルとしてのシティ・ポップ(らしい音楽群)なるものが興る発端として吉田拓郎さんの存在を挙げて語った雑誌の特集を読んだ記憶がありますが、『ペニーレインでバーボン』ほか吉田拓郎さんの楽曲には、確固たる個としての人格とその周辺の情景や関係をもつ人物たちが映り込みます。それ自体が都市の風景であり同時に物語でもあり、都市で生きた経験を少しでも持つものなら、誰しもがそこに映り込んでいる、あるいは自己投影した似た者の存在を感知できるのではないでしょうか。

酔っ払いのⅠとⅥm

『ペニーレインでバーボン』を聴いた所見にふれておきます。ⅠとⅥmの和音をひたすらに繰り返すのが楽曲の大部分を占めており、このシンプルさが楽曲の「日記」のようなどこにでもある感じ、つまり「警戒心を持たずに誰しもが近づきやすい感じ」を巧妙に演出しています。でも、要所でちょっとだけⅢmやⅣに進行し、変化を出してまた元の流れに戻ります。

基本的に、とにかく、「原宿ペニーレインで飲んだくれてる」だけなのです。もちろん「だけ」ではないのですが、ここは敬意を持って、あえてただ「飲んだくれてるだけ」なのだといいたい。もうとにかく、それに尽きるのです。飲んだくれてる、それも原宿ペニーレインで、そこで飲むのはバーボンで……といったモチーフがひとつひとつリアルで、具体性が明かされることで、人物の人格や周囲の状況を、リスナーである私が勝手に解像度を盛って味わうのです。

日記のようなものを唱えあげられてもリスナーは興味を持てないのが通常であるため、歌詞を「日記のようなもの」にするのは作家の常なる慣わしとしては基本的にはご法度で、それが許されるのは有名人だけです。吉田拓郎さんは有名人の形容にかなう巨人だと私は思っているので、日記でかまわないでしょう。ただ、この問題について言っているだけです。日記だのどうのという部分の外側に私は魅力を感じてもいます。

原宿ペニーレインだとか、バーボンだとか、具体的な名詞や固有名詞について関心がある特定のリスナーであれば、素人なり無名作家なりの言葉・日記であっても、ニッチ層の関心をひけるかもしれません。私は「誰が」発した言葉であるかよりも、その言葉の「内容」に価値を見出したいと思っています。ですが、やはり「誰がそれをいっているか」はついてまわり、受け手の間口や「真に受け方」を左右するものです。自分にとってためになる情報発信をこれまでにくりかえしてきたという実績のある人物の発言だったらば、あとにつづく内容の価値はまだわからないにせよ、とりあえず開かれる口に対して「聞く耳」を持とうとするではありませんか? ある面、無名人には非情な理(ことわり)です。

左でピロピロ、エレキギターが鳴る。右でも小鳥が飛び回るみたいなエレキギターが見切れ、オルガンもピコピコつねづね鳴っている。真ん中ではブワーっと倍音を出して力と熱で音楽の背中を押しまくるメインのアコギのストラミング。ベースがフットワーク軽く、ドラミングも快い。バンドがぶわーっと音を合わせて、それぞれの役割でもってⅠ→Ⅵmをひたすらやっている。マイクロホンを通してボーカル、吠える、吠える。今日も飲んだくれてるし、昨日や明日もそうかもしれない主人公、その周りの人。場所は原宿ペニーレイン。相棒はバーボン。それだけ、ただそれだけなのです。それだけなのに、なかなかこうはなりません。「飲んだくれる」日常それ自体が、パフォーマンスになっている。仙人芸でしょう。

青沼詩郎(それだけじゃないのは重々承知……)

参考Wikipedia>今はまだ人生を語らず

参考歌詞サイト 歌ネット>ペニーレインでバーボン

吉田拓郎 エイベックス・オフィシャルサイト

『ペニーレインでバーボン』を収録したアルバム『今はまだ人生を語らず』(オリジナル発売年:1974)

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ペニーレインでバーボン(吉田拓郎の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)