無償のケア

ヒトの赤ちゃんはお世話があって生きていけます。動物としてこれほど未熟な状態で生まれる種は珍しいそうです。シカの仔など、生まれてすぐ立って歩き始めるものですから、「生まれたての仔鹿のモノマネ」なんてものが成立するようです。足が内側に曲がってブルブル震えてしまう、みたいな様子を表現すればそれっぽくなるのではないでしょうか。

赤ちゃんを世話すると返ってくるものはなんでしょうか。その瞬間のみに神が宿ったかのような特別なスマイルでしょうか。赤ちゃんの笑った顔はかわいいものです。それですべての疲れが吹っ飛ぶでしょうか?ろくに眠れずに夜通し世話をすることが恒常になり疲れ切っている最中でも、それをチャラにするほどに、赤ちゃんのいる生活は素晴らしいものでしょうか? 素晴らしいものだという部分は否定しないにしても、笑顔ひとつでチャラにされるほどに赤ちゃんのいる生活は楽なものではありえない、という意見があっても私はうなずきます。もちろん、それでも赤ちゃんのいる生活は素晴らしいという意見にも同様にうなずきます。

恋愛は相手に想いをかけることで何が返ってくるでしょう。相手から自分に対する想いが返ってくるでしょうか。その見返りがあってもなくても人は恋をするでしょう。もちろん恋に興味や関心がない、という思いにもやはり私はうなずきを添えます。

ただただ、そこに相手がいて、恋をしてしまう。恋をするしかない。深く考えるとかそんな余裕はない。ただ、そうなってしまうし、そうするしかないし、それに抗うこともない(もちろん抗うことも可能でしょうし、それを選ぶ人があるのも世界の現実でしょう)。どこか、赤ちゃんと親(血縁上の親、に限定せず)の関係とのあいだに、共通点が見出せるような気もします。そんな楽な比喩でたとえられたのでは、乳児育ての苦労や恋愛の苦労の観点からしたらたまったものではないかもしれませんけれど……。

Baby(ベイビー)の単語を、意中の相手や関心の対象……つまり恋愛に用いる文脈もあれば、単に、「乳児」「あかちゃん」を指して用いる文脈もあります。また、幅広い文脈、多岐に渡る対象を意識のうちに含めてもちいる「Baby(ベイビー)」もありうるでしょう。恋愛の相手、あるいは赤ちゃんをさすのでなく、恋愛そのものだったり、赤ちゃんのいる暮らしあるいは赤ちゃんを世話する自分の行いや心情そのものだったりをさして「Baby(ベイビー)」と嘆くのも、誇大な解釈かもしれませんがぎりぎりあるようにも思います。ああ、Baby(ベイビー)。なんて私をなやますのか。

Pretty Little Baby 曲についての概要など

作詞:Don Stirling、作曲:Bill Nauman。Connie Francis(コニー・フランシス)のアルバム『Second Hand Love』、シングル『I’m Gonna Be Warm This Winter』B面(1962)に収録。楽曲の最初の発表は1961年だというがその形式や根拠が不明。

コニー・フランシスを聴く

純朴な赤ちゃんの瞳を表現したようなプレーンな音、それこそシンセサイザーのピコピコいう音かと勘違いするほどに倍音がまとまった感じの丸いリードする音はオルガンでしょう。ピーピーとみみざわりがやさしく、愛嬌のあるサウンドでイントロからリスナーに微笑みをふりまきます。

コニー・フランシスのちょっとハスキーなボーカルが闊達で愛嬌のある女の子、みたいなキャラでこれまた愛想がある感じです。語尾をのばした末の切れ際のニュアンスなど、歌唱の機微に繊細で高い感性が宿ります。非常に心地よい歌唱です。

右にアコースティックベース、ドラムスが寄っています。左のエレクトリックギターのカッティングのニュアンスにも非常に高い愛情と感性を覚えます。鋭さと柔らかを兼ね備えたプレイで、右に寄ったベーシックパートと情報量面でのバランス感をとります。左からは豊かなBGVもきこえてきます。また左にはピックのアタックでベースを表現するパートがありコミカルな味をそえます。それこそピックで弾いたエレキベースなのか、ちょっとチューニングを下げたエレキギターで低音を表現したのかなんともいえませんが……たぶんエレキベースなのかな? ベース(低音位)を表現するパートを複数用いるのはなかなか珍しいことです。ツインドラムはたまにあるのですけれど。

中尾ミエ 可愛いベイビーを聴く

非常に芯があって闊達な印象はコニー・フランシスと共通するものを思いますが、独特の色っぽさと艶がある歌唱です。ちょっとしたから音程をしゃくりあげるようなふしの特徴が、中尾ミエバージョンの艶っぽさの要因のひとつかもしれません。

原曲のオルガンを表現したと思われるパートは、さらにぽつねんとしてほやほやとした焦点の甘い感じのサウンドになっています。赤ちゃんに聴かせても怒られなさそうな柔らかいトーンで、コニー版のオルガンのピーピーいう音色とはキャラクターがまた少し違います。

ボーカルに比重がある音量バランスで、ベースやドラムスのベーシックの比重はかるめです。ベースのポンポンというサウンドはまろやかで柔和な重み・質量感もあります。

モノラル音源ですので全体に質量感はかるく、ボーカルの帯域に比重がある印象をうけます。

エレキギターのカッティングはシャラシャラと華やかでニュアンスに機微のあるプレイです。この点では私がコニーバージョンに感じる情報量のバランス感にちょっと似ています。総じて、中尾ミエさんの闊達だがちょっと色っぽいキャラクターをよく表現したレコード(記録物)で、こちらもまた日本でヒットしたことに深くうなずける魅力を放ちます。

コニー・フランシスの日本語バージョン

とてつもなく歩み寄ってくれている態度を覚えるのは、私が日本人だからでしょうか。不思議と、原語のものよりもさらに柔和に感じます。

赤ちゃんからしたら、大人が話す言葉はわからない(個別の言葉の意味は知らない)わけですよね。そういうある種の「壁」がある人に、言葉の向こうにある「態度」を伝えようとすると、自ずとこういう表現になるのではないか……と思わせる、象徴的なコニー・フランシスの日本語の歌唱です。率直に、日本語のなめらかな発音がきれいで、ネイティブ日本語とまではいえない「なまり感」はありますがそれでいいと思いますし非常にうまい、ちゃんと日本語を発声している印象を受け好感です。

青沼詩郎

参考歌詞サイト プチリリ>Pretty Little Baby

参考Wikipedia>可愛いベイビー

中尾ミエ 公式サイトへのリンク

『Pretty Little Baby』を収録したConnie Francisのアルバム『Second Hand Love』(1962)

『可愛いベイビー』を収録した中尾ミエ『ヒットソング集』(1997)

コニー・フランシスの『Pretty Little Baby(可愛いベイビー)』とその日本語バージョンを収録した『コニー・フランシス〜ベスト・セレクション』(オリジナル発売年:2013、再発年:2020)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『Pretty Little Baby(Connie Francisの曲)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)