生きたくなる系
Radioheadが好きだと言ったら、「死にたくなる系ね」と言われたことがあって、たいそうショックだった記憶がある。
これは、私が高校生の頃に出演したあるライブハウスのスタッフさんの言葉で、それを言われた私もちょうど高校生かそれに近いくらいの時だったと思う。
そおかぁ、コレは「死にたくなる系」なのか。そうとらえる人もいるのかと目を丸くした。私はRadioheadを聴いて死にたくなったことは一度もない。むしろ生きる勇気をもらったくらいである。勇気ってなんだ、とも思う。「良かったな、生きてて」という感慨。良くも悪くも、その程度のものではある。
「圧」に泣く
私はRadioheadの『Sit Down. Stand Up』(『Hail to the Thief』収録)を聴いて泣いたことがある。
・この曲のどこで泣くの?!
・わかるわぁ。
・その曲知らない。
・それ以外
あなたはどれだろう。
ちなみに私の泣いたポイントをざっくりいうと、曲の3:03〜あたりからの音の「圧」だ。
これは「音量の強度」みたいな意味での「圧」(音圧)とは意味が違う。
音の壁というのか、音の嵐というのか。あとでちょっと触れるけれど、構成比というか、混み合い方というか。なんとなく私は、この曲の後半の部分に、そういう「圧」と言いたくなる感覚を覚えるのだ。
ボーカルのハーモニー
3:03〜のあたりから続く、ボーカルの完全4度のハーモニーの存在が大きい。
この空虚な響きに、私に「圧」を思わせる何かがある。空虚なのに、「圧」なのだ。矛盾している。タマラナイ。
このハーモニーは、曲の終わり付近では、完全4度のふたつの音程の間に、下から数えて短3度の音程も加わって、なおさら「音の混み合い具合」を増す。これもひとつの「圧」かもしれない。
リズムパートの「圧」
3:03あたりからは、(それまでにも何かしらあるけれど)新たに「リズム」と「低音」が入ってくるのが分かる。この、音の構成の変化とその成層ももちろん「圧」の由来だと思う。
3:03〜に至る直前、スネアドラムの16分打ちがクレッシェンドしてくるのがはっきりする。このスネアの16分打ちはいつから鳴り始めていたのか? 判別するのはなかなか困難だ。ずーっと、うっすら鳴っていて、だんだんと鳴りを強めて3:03頃からの曲調の移行に異彩を与えている。
2:46あたりの、歌詞が“Sit down”のところではスネアが鳴り始めているのがいくぶんはっきりわかる。
ひょっとしたら、2:15あたりの、リズムパートの2拍目と4拍目のアクセントが入りだす頃から、すでにスネアの16分打ち連打のフェードインが始まっているかもしれないとも思う。何かしらのサウンド(ベース・シンセの音もなんだか「ジュンジュン」しているし)のざわめきで、判然としない。
この、「気付いたら雨が降り出していた」みたいなスネアの16分打ち。ひょっとして曲が始まって2分やそこらどころか、もっともっと前から「ごくごくごく、うっすら」フェードインが始まっていたのじゃないかと妄想して私は「ぞっと」した。なんなら曲の始まるよりも前から……妄想のし過ぎか。
とにかく、3:03あたりから、低音やらリズムが入って音の「圧」はすごいことになる。中心では、トム・ヨークの声の完全4度(ハーモニーパートもたぶんメンバーじゃなくトムご本人によるオーバーダブだと思うがどうか)が私の胸を煽りつづける。上のパートがファルセットぽいのもニュアンスを握っている。
「肉体」が出揃う
3:03あたりからの音の壁を構成するリズムはまだサンプリングした音の打ち込みだと思うが、3:37あたりからは、人間が演奏したであろう生ドラムスが(またもや)スネアの16ビートの連打で入ってくる。私の涙腺は、吹き付ける音の嵐ですごいことになる。ぐわんぐわんに揺れるシンバルが、私の胸のあたりで感情の水面を煽りまくる。
3:37あたりまでは、ベースも完全にシンセかサンプル音かもしれない。3:38頃から、肉体感ある人間の演奏するニュアンスに変わる。逸脱しそうな躍動。これがまた、私の胸に、目に、耳に、「圧」する。
4:04あたりからはシンセ?の「ピュンピュン」が始まった。私の涙でぼけた視界を往復して横切って、その軌道を角膜に焼き付ける。なんなんだ君は。
ボーカルのハーモニーを中心に、「肉体」が出揃う。
煽って、掻き乱して。
唐突に終わる。
こちらは絶頂なのだけれど。
シンバルの名残とともに、私の肉体だけ取り残される。
なんだか顔面が湿っぽい。雨でも降っていたんだろうか。
調、スケール、歌詞
曲の調性の話をすると、おおむねFマイナーの響きが支配的だ。ファ・ソ・ラ♭・シ♭・ド・レ♭・ミ♭をおもにつかう音階だと思うけれど、ピアノのトップノートだったりボーカルだったりにシ(ナチュラル)やレ(ナチュラル)が含まれている。このスケールは音楽学的にみると何にあたるのか。ここでは、そういう「ハズした音程」を用いて、不穏な感じを醸し出しているとうことにとどめておきたい。
歌詞は、すごくシンプルだ。その、説明臭さのなさがかえってコワイ。おそろしい場面のおそろしさがそのまま伝わってくるように思う。ここでは引用しないから、聴いて、見て、触れて欲しい。別に泣く必要はないけれど。
むすびに
Radiohead、むっちゃ好きなんですよね。数少ない、私の、昔からの、明らかなフェイバリットです。ずっと「感覚」で聴いてきたけど、今回、少しだけ分析的に、少しばかり部分ごとの解体やフォーカスを交えて聴いてみたけど、やっぱ泣けました。私的には、「生きたくなる系」。
青沼詩郎
Radiohead 公式サイトへのリンク Radiohead Public Libraryと称し、膨大な映像が視聴可能。垂涎。
Pointed Home»Music»Radiohead、公式サイトにてパブリック・ライブラリーを突如開設! 貴重な音源やライブ映像ほか多数が閲覧可能に!
Radiohead 『Hail to the Thief』より『Sit Down. Stand Up』 (Apple Music リンク)
『Sit Down. Stand Up』を収録したRadioheadのアルバム『Hail to the Thief』(2003)