朝起きたらあたまのなかにこんなメロディがあった。

「ソラファ♯ーソー…」

歌詞はこんなかんじ。

「うぇにゅわーびふぉー…」

なんだ、Radioheadの『Creep』じゃないか。

なんだとはなんだ。

私のもっとも好きなバンドのひとつだぞ。

私は好きなミュージシャンやらなんやらを問う空欄を提示されたら反射的に「Radiohead、くるり ほかたくさん」などと書くことが多い。鐘の音を聴いたらヨダレを垂らす犬みたいに、そういう風にできあがってしまっている。

『Creep』については町山智浩『本当はこんな歌』(アスキー・メディアワークス、2013)に載っていた。

洋楽の歌詞の翻訳・解説本。意味を知らずに聴いていた曲が実はこんな歌詞だったんですよとこの本は教えてくれる。本のタイトルがこのことをそのまんま表している。アマゾンで音楽書籍を検索していたら関連商品として表示されてポチってしまった。タイトルと、目をひく表紙がよかった。Rockin’ Jelly Beanによるイラストだ。忘れない絵。

Radiohead『Creep』に描かれた主人公は、気になる相手その人に対して行動を起こせない。自分の醜さを「クリープ」「ウィアード」と表現しているのか。そんな秘めた恋愛や自己、現実への葛藤や嘆きのような曲だと『本当はこんな歌』から私は読み取った。

最も好きなバンドのひとつといいつつ、私は『Creep』の歌詞の意味を意識せずに接してきた。高校時代、軽音楽部の友達と遊びながら部室で音出しをするときに、なんとなくこの曲を弾いて歌うこともあった。そのとき、私は「オト(音)」として歌詞を認識していた。そこが「オト」から意味をだどるためのトビラの位置だ。そのカギも握っていたはず。それを私は束ねて、どれがどれの鍵だかわらかないような感じにして腰にぶら下げていたみたいだ。ほかの英語の歌たちのカギと一緒に、じゃらじゃらさせて。

Cメロにいくまえの歌詞「よーそーふぁっきんすぺしゃる」のインパクトがつよい。口語的。スラングといってもいいのか。単に強調として、品のない言葉をつかっても気にしない間柄で「ふぁっきん」は使われることがあるんじゃないかと私は考える。「very」(非常に)の意味で。心のなかで、自分の嘆きを自分の胸の内に轟かせるときの言葉には品もへったくれもない。私が日常で、「最上級に」の意味で「クソ」をつかうのとおんなじだ。そのわりには「クソおもしろい」とか簡単に私は言ってしまう。連発していることもある。クソだな(最高だな)。

サビのコード、Ⅰ(G)からⅢM(B)にいく流れはポップやロックでも定番。エレファントカシマシ今宵の月のように』の出だしもⅠーⅢMだし

THE YELLOW MONKEY『SPARK』

のサビの出だしがそうだ。

ギターロックバンドの手触りだったRadioheadは、どんどんそのあと進化していく。

『Creep』が有名になって、ライブでその曲を望まれすぎることがバンドや関係者を悩ませもしたとかしないとか。

かれらの続作が私は心底好きだ。はじまりはこのような手触りのバンドだったということのほうが、むしろ私には意外だった。私が彼らの存在を知ったのが2002年〜2003年くらいのときのことだから、すでに彼らの4枚目のアルバム『Amnesiac』くらいまで出ていた。2枚目『The Bends』(1995)、3枚目『OK Computer』(1997)あたりを気に入って聴きまくった。いまでも心の一枚を挙げろといわれたら『OK Computer』だ。この作に至っては、すでに掃くほどいるほかのギターバンドとは一線を画している。「ピュンピュン」いうデジタルな音を融合させてみたりね。別の機会にまたちゃんと語りたい。

青沼詩郎

『Creep』を収録したRadioheadのファースト・アルバム『Pablo Honey』