美空ひばりの『リンゴ追分』

美空ひばりの『リンゴ追分』。1952年に発売した彼女のシングル曲。同年、ラジオドラマ『リンゴ園の少女』(TBSラジオ)の挿入歌として書かれました。作詞:小沢不二夫、作曲:米山正夫

当初のものはモノラル音源のようです。フルートが目立つイントロ。ウッドブロックのリズム。ピチカートを交えたストリングス。クラリネットが歌パートのメロディをなぞって一緒に動きます。音を伸ばして印象を変えるBパート(“津軽娘は…”の部分)。ピアノが置く和音がしゃれた響きです。ホルン、低域の木管のようなパートも聴こえる気がします。和音の支えを厚くしています。弦+木管五重奏+ピアノ+パーカッションといった感じの伴奏編成でしょうか。

2コーラス目のAパートにあたるところがせりふ。りんご含む種々の花が咲くきれいな季節の描写から転じる、花散らしの雨。亡き母を回顧し、悲しみが重なります。

ホ短調。和音はほとんどが主和音のEmで支えられており、要所でAm、雰囲気が変わるところでB。ちょこっとGメージャーが出てくるくらいでしょう。シンプルですね。

1音を長く伸ばして節回しをつける歌唱が独特です。伴奏がなかったら拍がほとんどわからないかもしれません。こうした性格はそもそも「追分」と呼ばれる種類の民謡の特徴のようです。

「追分」には街道などにおける「分岐点」の意味があります。「新宿追分」など、その地域に分岐する道が実在したことで現在・過去の地名に「追分」がみられることがあるようです。

この「わかれ道」の意味と、人生においてあるところで決別してしまった、離れてしまった存在を重ねて描いているように思います。『リンゴ追分』でいえば“お母ちゃん”でしょう。間奏の語り(せりふ)は津軽弁でしょうか。気丈に見えるけれど心に悲しみを連れた少女が一瞬見せる弱みを想像し、ぐっと来ます。雨で無残に散ってしまう花びらのような刹那さです。曲の主題でしょう。

UAのカバー『リンゴ追分』

UAがシングル『スカートの砂』(1999)に『リンゴ追分(STRAIGHT)』を収録しています。『リンゴ追分』という曲を、私はずっと彼女のカバーで認知していました。曲名を聞いたときに頭の中に再生されるのはUAバージョンなのです。オリジナルの美空ひばりの方を今回初めてフルコーラス聴きました。

エレクトロニックなベーシック・リズムにラテン系の打楽器。ビブラフォンがホワンと鳴り、スティールパンがアクセント。ウッドベースが曲のサウンドの地固めを全般的に。原始的で野趣の匂う地盤です。焼けた空を思わせるようなトランペットの音に恍惚となります。オルガンが香辛料のように時折転げ、ガット・ギターのストロークが軽やかに響きます。ボーカルの残響が深く艶やかです。異質な素材が溶け合って、洗練された虚構の世界に私を連れて行きます。私の理想のサウンドのひとつです。

UAのアルバムturbo』(1999)には『リンゴ追分(DISCO STYLE)』が収録されています。同一素材による異ミックスでしょうか。およそ5分経過したあともエンディングが長く続くのが大きな違いで、一曲の収録時間が7分42秒に及びます。時折深く長いディレイ(こだま)をボーカルやトランペットに用い、音楽へのトリップと恍惚を心ゆくまで味わえるバージョンです。

青沼詩郎

『リンゴ追分』『川の流れのように』『愛燦燦』ほかを収録した『美空ひばり ゴールデンベスト』(コロムビア、2008年)

『リンゴ追分(DISCO STYLE)』ほかを収録したUAのアルバム『turbo』(1999)

ご笑覧ください 拙演