リスニングメモ
しみじみする独特のうねりのある楽曲です。北国出身の主人公が、東京で関係を持つパートナーのもとを去り帰省するかどうか、それこそ帰省のための空港に途中まで向かうくらいぎりぎりのところで揺らぎ、東京(のパートナーのもと)に戻る決断をする。あらすじを私のへたな著述で紹介するとそんなところでしょうか。
2コーラス目のメロの途中で、クワーっと立ち上がってくるオルガンのダイナミクスと手厚く強烈な音の壁に感動しました。自作曲を編曲までこなすパターンの多い筒美京平さんの作品にしては目を引く、編曲者は萩田光雄さん。久保田早紀さんの『異邦人』を編曲したのも萩田さんです。
2コーラス目のメロの途中あたりで、エレキギターがリードトーンで存在感のある渋いオブリガードをかますのも巧味。
ちょっと右側のトラックに比重があるような印象。右にシャラーっと軽いトーンでオープンクローズするエレキギター、真ん中あたりにもチャっと短いカッティングを置くアナザーギターがいるでしょうか。
左のほうではパーカッションが光ります。トライアングルや、カッと乾いた音を添えるのはウッドブロックでしょうか。
ストリングスが時折、視界を覆うかと思うほどに壮烈に吹き込んできます。
ドラムスとベースはマイルドな耳触りでオトナな感じ。いつでも戻れるホームがあるから安心して旅に出られる気分。北の大地……主人公の故郷のような存在感を思わせます。筒美京平さんが作曲・編曲ともに担当される作品ではしばしばヤンチャに思えるほどにブンブンとグルーヴィで躍動感ほとばしるホットなリズム隊の演奏に出会うこともあります。そうしたものに親しみつつ、中原理恵さんのこの独特な波のある、青臭さをちょっと過ぎた、オトナだけど中年にはまだ早いくらいの世代の恋愛をしっぽりと描いたサウンドに触れるとそのなめらかな質感にうっとりします。
和声的にそれほど難解なことが起こるでもないですが、ときおりベースの経過的な下行にあわせた細かいハーモナイゼーションが垢抜けた印象をもたらし、微細ですが高い意匠で楽曲を光らせます。
歌詞
『寒い国から来た女』の主題をボーカルとオケ含めサウンド全体で表現した味わいがあります。一筋縄でいかない気質。でもおおらかなところ、器量の大きいところもある。暗かったり、人をずるっとダークサイドに引き込んだり留め置いたりするような独特な粘着性も否めない。そして愛は深い。でも揺らぎもする。
“札幌へ帰る飛行機の切符 Bagの底に忍ばせ 雪まじりのDecember”(中原理恵『寒い国から来た女』より、作詞:松本隆)
帰省先への切符をとる、という程度の行動を起こしてしまう。本当に帰省を実行するかどうかはさておき。もちろん、お金を出して切符をとるくらいですから、その時点では、本当に帰省を実現する意思でいるのかもしれませんし、実際に揺らぐ気持ちでいながら、とりあえず交通手段だけは用意しておこうということなのかもしれません。経済的に切符をあきらめる余裕があるのであれば、十分あり得る行動でしょう。
“寒い国で生まれた女よ 胸の芯には氷のかたまり そばにいれば誰かを不幸に 凍らせそうな吐息は木枯らし”(中原理恵『寒い国から来た女』より、作詞:松本隆)
一緒に過ごす人をときに闇にひっぱりこみかねない独特の気質を物語るラインです。胸の芯には氷のかたまり、吐息は木枯らしと、主人公の一面として、ときにパートナーに思わしくない影響さえ与えうる「重み」や「冷たさ」を氷、木枯らし、といった気象や自然のふるまいに見立てた言葉の妙はさすがの松本隆さんとうなるばかりです。
個別の語句やラインに注目して全体への視野を失いがちになってしまいますが、個々の語句やラインの妙味を連ねつつも、「あなた」のお世辞にも全部をいいとはいえないところ(同時に主人公自身も完璧な人間であるはずはないことも感じさせつつ)、でも帰省の切符を打ち捨ててその腕に戻る選択をさせるような2人の間の愛着の存在や2人の人格の関係、その機微、それらを『寒い国から来た女』という主題で見事に括ってみせるデザインに背筋がゾッとする(凄みに畏れ入る)思いです。
主人公個人を『寒い国から来た女』と表現しただけであって、寒い国から来た女はみんなそうだよね、と括り、烙印を押す表現では決してありません。寒い国から来た女の人にも、さまざまいるでしょう。竹を割ったようなさばさばした人? 胸に燃えたぎる高炉のような情熱を携えた人? 花を芽吹かせる春風のような吐息をふりまく人? 北のほう出身であっても、もちろんそういう人だっているはずです。この歌の主人公にだって、そういう一面だってきっとある。ただ、この楽曲では言い触れていないだけの話です。
自分の出身地は、己に影響を与えます。そこで育ち、身につけたことを最初の基準にして、より広い世界の様相と照らし合わせながら成長していくのです。『寒い国から来た女』というタイトルが自覚させるのは、この歌の主人公が一番最初に持ったものさしのテクスチャです。ものさしも、伸びたり太くなったりするのです。尺度を測る「ものさし」に揺らぎがあっては、失格ですか? どれくらい伸びたり太くなったりしたのか、ものさしを使う人が自覚すればいいのです……ヘリクツ?
青沼詩郎
参考Wikipedia>GOLDEN☆BEST 中原理恵 Singles
寒い国から来た女 中原理恵 アンオフィシャル・ウェブ・サイト
『寒い国から来た女』を収録した『GOLDEN☆BEST 中原理恵 Singles』(2003)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『寒い国から来た女(中原理恵の曲)ギター弾き語り』)