映像 森山良子コンサートツアー 2007-2008

島の夏のようにカラリとした音色のアコースティック・ギター。スティール弦を繊細に弾きます。

熱量のピークはやはり8番の歌詞の嵩が定型を破り増えるところにありますね。細くも明瞭な線で演奏していたギターですがここで爪を当てたコードストロークの音色になります。

各コーラスを締める“夏の陽ざしの中で”をとても大切に歌っています。テンポもここで自由に解き放っていますね。“陽ざし”のところの跳躍先の高い音程が世にも繊細。胸をしめつけるようにせつないです。

10番の“風よ悲しみの歌を 海に返してほしい”のところは特に毅然とした“願い”の意思を感じる歌唱。せつないなかですが、ここは特に凛としてカッコ良いです。

繊細に洗練させた祈りと声の表情。見事なソロ弾き語りでした。

曲の名義など

作詞・作曲:寺島尚彦。1967年、田代美代子初演。森山良子の『カレッジ・フォーク・アルバムNo.2』(1969)に収録。1975年、ちあきなおみが『みんなのうた』で歌唱しました。

森山良子『さとうきび畑』を聴く(『カレッジ・フォーク・アルバムNo.2』より)

ナイロン弦のアコースティック・ギターがぽろりと張りのある澄んだ音です。前半はアルペジオ、後半はストロークしています。後半でドラムスのコツコツと響くリムショットが入ります。ナイロンギターのストロークと合わさって、どことなくエキゾチックな、フラメンコのような雰囲気も感じます。

はじめはギターの弾き語り。静かにリード系の楽器が左に、アコースティック・ベースとともに入ってきます。リード系の楽器はロングトーンから入ってくるので、フルート、もしくはフルートの音をサンプリングしたメロトロンかと思いました。おそらくアコーディオンなどの蛇腹楽器でしょう。

フルートが右に入ります。2本くらいの重奏でしょうか。左にクリーンなエレキギター。左右でミッド〜ハイの音域でオブリガードします。

ストリングスも後半に加わります。弓を間断なくアップダウンするトレモロ奏法が印象的です。まっすぐなボウイングで保留音を奏でる予想を裏切ってトレモロ。ダイナミクスの幅を活かしており、フィルインでウヮっと迫力を出し、次の小節のアタマでパッと消えるようなピアニッシモからのクレシェンドが素晴らしい。

ひととおりの編成を加え、歌詞も歌唱ももっとも熱を帯びる部分の直後ではミックス面の試み。ボーカルの音質をガラリと変えます。フルートで属和音上に増5度音程を奏でさせ、異質を感じさせます。“けれどさとうきび畑は……”のところです。回想・回顧の表現でしょうか。

続く“今日もみわたすかぎりに……”では男声コーラス。兵士たちの霊魂、その無念を思わせます。

みずみずしい歌声の森山良子は当時21歳くらいのはず。実年齢の若さに不釣り合いな技量・抑制を思わせます。さすがです。

歌詞

1番

“ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

Aメロが共通してこのライン。Bメロに、番によってそれぞれの詞が歌われる構成を基本としています。

“ざわわ”のオノマトペ。擬音語にも擬態語にもとれそうです。風にさとうきびが揺れる音。あるいはその様子。「za・wa・wa」の連なりで表現しています。

「za」の濁り。歯と舌の距離を縮め、口のなかを狭めてこする「z」の子音をつくり、「a」の開いた母音に移行。発音の「クローズド→オープン」のステップが、すでにリズムを孕んでいます。

「wa」はどうでしょう。「ウ」とくちびるをすぼめ、クローズドでうなる子音をつくったのちに「a」の開いた母音に移行。「za」同様に2段階のリズムが感じられます。

こうして、2ステップのリズムをもった「za」と「wa」を組み合わせて、「za・wa・wa」。これを3回反復し、歌詞“広いさとうきび畑は”を挟み、また「za・wa・wa」を3回(この定型が11番まであります)。たくさんのさとうきびが風に揺れ、干渉しあう複雑なリズムの集合、ホワイトノイズのような心地のよい音の壁がたちあらわれて感じられます。

“風がとおりぬけるだけ”。さとうきび畑の光景・状況に感覚のすべてを割き、身を置いている場面を思わせます。

“今日もみわたすかぎりに 緑の波がうねる 夏の陽ざしの中で”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

“緑の波”で、見えないはずの風の通り道を可視化するさとうきびの群生を表現しています。詩(詞)とは、「ものごとの言い換え」によって成立する側面があるの

だと教えてくれます。“広いさとうきび畑は…(中略)…風が通りぬけるだけ”が表現している光景と、“緑の波がうねる”が表現している光景は、それぞれ味わいが違いますが、重なるところもあります。たったひとつのものごとや場面、記憶に残る瞬間を、いかにいろんな角度で切り取るか。伝えたいことは、たくさんなくとも良いのです。切り口や面はたくさんあって、本質はひとつなのかもしれません。創意工夫とは、光の当て方のなすべきところなのでは。

“今日もみわたすかぎりに”と、さとうきび畑の広さを伝えます。あるいは実際の広さはともかく、主人公の感覚をまるごともっていっていく景観を思わせます。ただただ、何もない。さとうきび畑ばかりがあるのみなのでしょう。その状況が、主人公の感覚を占拠しているのではないでしょうか。

“夏の陽ざしの中で”。季節や時間帯を提示しています。空と主人公とのあいだに、遮るものがない状況。海も空も広く、光量に満ちた日中の島を思わせます。この1行と、冒頭の“ざわわ……”一連の行とで、それぞれの番ごとに違う歌詞を挟んでいます。

2番

“ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ むかし海の向こうから いくさがやってきた 夏の陽ざしの中で”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

“むかし”といっています。この歌が発表されたのは1960年代末ごろ。第二次世界大戦から20年超経過した時期です。歌の中が西暦何年なのかは限定していません。20年あったら、新生児も成人します。“むかし”と言って然りと思います。けれど現実において、現代につづく戦争の影響を思うとまったく“むかし”とは思えません。この歌『さとうきび畑』が何より、戦争を私の目の前の事実たらしめているのですから。

日本は戦争をしました。「日本」に、この歌の主人公も、私自身も含めていえば、私もこの歌の主人公も、例外なく「戦争をした張本人」です。一方で、歌詞のこのフレーズ…“海の向こうから いくさがやってきた”。私やこの歌の主人公の意思は別にして、ただただ“いくさ”が、むこうから勝手にやってきた……それもまた真実だと思います。

3番

“ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ あの日鉄の雨にうたれ 父は死んでいった 夏の陽ざしの中で”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

“鉄の雨”は激しい銃撃戦でしょうか。あるいは爆撃もあったのか? 猛烈な機銃掃射? 私は兵器にも戦争の事実の記録にも詳しくありません。まがまがしく、抗いようのない、圧倒的な暴力。当時、比喩ではなく、気象現象としての「雨」が本当に降ったかもしれません。血に、泥に、煙や粉塵に、降雨。あらゆる穢れに空間が満たされている……“鉄の雨”がそんな場面を思わせます。

結びの句はほかの番と同じ“夏の陽ざしの中で”ですが、ここでは、「父が死んでいった当時の夏の陽ざし」を言っていると思います。同じ句なのに、別の固有の時間・状況をさしうるのです。ことばの含みを思います。

4番

“ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ そして私の生まれた日に いくさの終わりがきた 夏の陽ざしの中で”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

「いくさの終わりがきた日」と、主人公が生まれた日は一致するようです。現実の、1945年8月15日、玉音放送の聴こえた日のことかもしれません。父が亡くなった戦争の終わりとともに、主人公が誕生したのですね。さまざまなものが終わり、始まった。喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。感情を超越し、人々が突きつけられる事実の嵐に打ちひしがれた夏だったかもしれません。

5番

“ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ 風の音にとぎれて消える 母の子守の唄 夏の陽ざしの中で”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

母の子守唄がとぎれて消える理由は。亡き父を思い、悲しみに声が震え、途絶えてしまうのか。“風の音に”というところも想像させます。父が亡くなる、その瞬間を目の前で家族が見たか? 父が兵士だったとしたら、家族は彼が亡くなる瞬間は別の場所にいた可能性が高そうです。その場合、父の死を知らせるなんらかの便りが“風”なのかもしれません。ずっと通底している、“風が通りぬけるだけ”というフレーズ。ここでいう“風”も、ひょっとすると、「人の思い」や「なんらかの報せの交わし合い」のことを言っているのかもしれませんね。

6番

“ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ 知らないはずの父の手に だかれた夢を見た 夏の陽ざしの中で”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

主人公が生まれた夏と、父が亡くなった夏は同じ。入れ替わるように世界に散り、現れた主人公と父はすれ違い。主人公は父に抱かれたことも、その手に触れたこともないのでしょう。

夢は実体験をもとに構築されるデタラメか。経験に想像や知識、願望が入り交じるのでは。「ある夢を見た」という事実もまた経験です(屁理屈?)。

主人公は、父以外のだれかに抱かれた記憶、その手の記憶に、父の存在をミックスして夢を見たのかもしれません。会ったことのない父を慕い、恋しく思う気持ちが像となってまぶたの裏に現れたのでしょうか。現実にならなかった、あったかもしれない未来を思うと涙が出てきます。主人公は、写真などで父の姿を見たことはあるのかもしれませんね。

7番

“ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ 父の声をさがしながら たどる畑の道 夏の陽ざしの中で”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

身をかすめるさとうきびの葉や茎を想像します。畑一面を距離をとって眺めているのよりも、ぐっと肌に近くなった印象です。

「声」は字のごとく、声帯が振動し肉体に響くことで起こる音声をあらわしますが、いっぽうで、ある人の発言や意思・意向を表現して「声」ということもあると思います。父が生きていたのなら、主人公はどんな言葉を交わしたでしょう。あったかもしれない想像上の会話やいかに。写真と違って、「声を残す」のは一般的ではなかったかもしれません。主人公は父の手に触れたり抱かれたりしたことがないのと同じように、きっと彼の声も知らないのでしょう。知らないはずのものが、どうしてこんなにも恋しいのか……想像上の主人公に感情移入してしまいます。

8番

“ざわわ ざわわ ざわわ 広いさとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ お父さんて呼んでみたい お父さんどこにいるの このまま緑の波に おぼれてしまいそう 夏の陽ざしの中で”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

“おぼれてしまいそう”とは非常事態。感情の昂りを思います。問答無用で口の中に侵入してくる水のように、さとうきび、さとうきび、さとうきび……行っても行っても景色が変わりません。恋うても恋うても父に会えない現実をつきつけられているかのようです。あるいは、無情なまでにつづく緑の波に現実味を損ね、このままどうかしてくれれば父に会えるのじゃないかという気にさえさせます。理性を失い、感情が、願望が支配する場面。定型をやぶって(他の番と違って)、ここだけ歌詞の嵩もふくらんでいます。

9番

“ざわわ ざわわ ざわわ けれどさとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が通りぬけるだけ 今日もみわたすかぎりに 緑の波がうねる 夏の陽ざしの中で”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

“広いさとうきび畑は”の定型をやぶり、“けれどさとうきび畑は”としています。8番で昂り、おぼれかけ、感情の平穏を失いかけたかに思えました。現実味さえ損ねるほどのさとうきび畑の恒常はそれでもなお余り、主人公が現実に戻るのを待ち、何も言わずに迎えます。さとうきび畑の恒常と同じように、“今日”が繰り返しやってきます。後半は1番の歌詞のリフレイン。1度目と違って既視感があります。深呼吸の、吐く息にも似ます。無力な私を笑っておくれ、などと皮肉を言ってしまいそう。

10番

“ざわわ ざわわ ざわわ 忘れられない悲しみが ざわわ ざわわ ざわわ 波のように押し寄せる 風よ悲しみの歌を 海に返してほしい 夏の陽ざしの中で”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

“広いさとうきび畑は”を定型としてきた部分は“忘れられない悲しみが”に。「さとうきび畑=忘れられない悲しみ」の図式が浮かびます。

続く“風が通りぬけるだけ”を定型としてきた部分は“波のように押しよせる”に変わります。ありふれた自然現象は、実は強い力をもって己の胸にはたらきかけるのだと認識を改めます。通り抜けるだけの、当たり障りのないものではなかったのです。身に寄せ、迫り、圧して、打ちつけ、かけがえのないものをみなさらっていく……押し寄せる波は無情です。

さとうきび畑のように恒常の悲しみを得る。代償は、父の命……そんな取引をした覚えはないはずです。父の死んだ事実とともに、この悲しい気持ちを持ち去ってくれたらどんなによかったか。

「風」は「報せ、人の思いのやりとり」と言いました。主人公の悲しみの一部を、私は風とともに受け取っているのかもしれません。風は歌。私は鑑賞者であるとともに、伝承者。宛名のない報せに、名前を書き込みます。

11番

“ざわわ ざわわ ざわわ 風に涙はかわいても ざわわ ざわわ ざわわ この悲しみは消えない”(『さとうきび畑』より、作詞・作曲:寺島尚彦)

涙は一時の感情の象徴です。時間とともに散ってしまいます。悲しみは別。主人公から私へ、私からあなたへ、口伝てにずっと世界をまわりつづけるのかもしれません。歌は風のようにめぐります。やがて癒えたかに思えたとき、世界の裏側で誰かがこの悲しみを引き受けている……そんな物語を想像します。

悲しみは悪ではありません。ずっと消えないならば、いつしか世界は悲しみであふれてしまいます。もうあふれているのかもしれません。

かつてどこかで吹いた風は今、私の頬を撫でているのか。

メロディ

そよそよと吹く風は自然の営み。森山良子はin Fで歌いました。“ざわわ ざわわ ざわわ”は「ファソファ、ドレド、ファソファ」。音階のⅰとⅴでコールアンドレスポンスするかのよう。音形がまるでさざなみです。あるいは小さな丘の連なり?

さとうきびのなる島も、きっと平坦な土地ばかりではないでしょう。音の上がり下がり、カーブが島の風景の描写に思えます。順次進行に和声音同士の跳躍を交えており、風と地形の線が調和したような美しいメロディです。

“風が通りぬけるだけ”のところのメロディは跳躍が大きく、歌のピッチ取りの難易度が高。

“通りぬけるだけ”と言っておきながら、曲の後半で同じメロディの部分が“波のように押し寄せる”や“この悲しみは消えない”に変わります。メロディの跳躍の大きさが示すように、実は引っ掛かりのある、影響の大きい部分だったのです。

後半のモチーフは同音連打が多いです。同じ音程に長く留まります。音程の変化を抑えて、言葉に注意を向けます。音程は高めのポジションからはじまります。感情を訴える部分かもしれません。2小節ほどで高いポジションからなだらかに降りてきます。感情と理性の支配をクロスフェードさせているみたいです。

“夏の陽ざしの中で”は低いポジションから突き上げるように6度跳躍。ぎらぎらと照りつけたぎる暑さを思わせますが、口ずさんでみるとなんとも切なく響きます。“陽ざし”でポジションを上げたあとは、愛でるように安らかな順次下行。祈るように、溶けるように。悲しみを孤独のままに虚空に放ちます。

後記

数度にわけて曲にふれました。不思議と、感動するポイントがちがうのです。

歌詞を文面で味わったときには“お父さんて呼んでみたい お父さんどこにいるの”“知らないはずの父の手に だかれた夢を見た”など、戦争で散った父にまつわるフレーズに。

森山良子のソロ弾き語りの映像を見たときには、結びの句の“夏の陽ざしの中で”の切実な歌唱に。

『カレッジ・フォーク・アルバムNo.2』の音源を鑑賞したときには、男声コーラスが入ってくる瞬間の沈痛さにそれぞれ泣きました。

私は戦争を知らない世代。少なくともそう言ってしまえる距離感を持っています。

この歌が、史実と私に直接のつながりをもたらしてくれます。

この音楽ブログを始めて、鑑賞とアウトプットのらせんを習慣づけてからというもの、涙もろくなりました。共感能力が高まったのでしょうか。戦争を知らない世代を自称しつつも、私は1986年生まれ、ドスコイ中年です。涙もろくなったのはただの加齢?

ブログや弾き語りの活動を通して曲の鑑賞を深めたのはここ1年ちょっと。1年やそこらですからそれより前だって、そこそこ中年だったはず。これほど曲に深く感動する頻度はもっと低かったです。曲と自分を疎遠にしていたのでしょうか。鑑賞とアウトプットによって、曲が「自分ごと」になったのではないかと。

沖縄は唯一国内で地上戦がおこなわれた場所、というのは聞き慣れた語り口。『さとうきび畑』の主人公は曲の物語の中の架空の人物かもしれませんが、かならずやこの曲の主人公と同じ境遇の人がいるはずです。

そんな人物も、1945年くらいに生まれていたのだとしたら、2021年のいまは70歳代後半。1945年くらいに20歳前後くらいで兵士を経験し生き残った人はプラス20歳で90歳代後半でしょうか。

時間の隔たりを増すばかりの史実。『さとうきび畑』が私に、今の目の前のできごとのように見せてくれる機能は娯楽を超越しています。余すことないばかりかそれ以上に表現した森山良子、この曲を伝え続けるミュージシャンにも表敬。

歌詞の全貌をすべて表現するとそれだけの時間を要します。長いように思えるけれど、主人公と父の関係、舞台や背景、思いや感情を伝えるのに無駄はありません。フルサイズに取り組みたくなる音楽家魂に共感しつつ、これを泣かないで全部歌うのは感情のコントロールが要りそうです。そこも技術ですね。音楽家の威信と尊厳にかけて、やりきりたい曲です。一方、泣いても咎めません。舞台は島でも、現実と地続きの歌ですから……。

曲を鑑賞する、曲に関わる記事を目にする都度、何度でも涙がにじんできます。本当に、“この悲しみは消えない”。風の音、“ざわわ”がずっとリフレインします。

青沼詩郎

森山良子 公式サイトへのリンク

Wikipedia>さとうきび畑

論座(朝日新聞)>『さとうきび畑』~風の記憶をたどって~ この楽曲を作った寺島尚彦さんの次女が6月23日に思いを寄せる 作曲者の寺島尚彦さんがインスピレーションを得た当時のことが伝わってきます。背筋がぞっとする生生しさ。彼が体験した風を表現した「ざわわ」の発想に至るには、時間を要したようです。転調しないアレンジに不変の悲しみを託した意匠に膝を打ちます。

『さとうきび畑』を収録した森山良子の『カレッジ・フォーク・アルバム No.2』(オリジナル発売:1969年)

平松混声合唱団による『さとうきび畑』を収録した『寺島尚彦合唱作品集 さとうきび畑の想い出』(2005)

楽曲『さとうきび畑』を主題にしたフォトエッセイ『さとうきび畑 ざわわ、通りぬける風』(2002、小学館)

ご笑覧ください 拙演