作詞・作曲:井上陽水。編曲:星勝。井上陽水のアルバム『陽水II センチメンタル』(1972)に収録。

花をうつした1枚の写真、その画面のなかだけを語るようなコンパクトな曲想とサイズですね。

ピアノの印象がなにより大きく、重要な役割を担います。アルペジオで8分割を出しながらトップノートで主題を提示する感じの、定番にして鉄板のピアノづかいではないでしょうか。

アコースティックギターがこれにやさしく伴走する感じ。エンディング付近のオブリガード(リード)などは12弦ギターの音色でしょうか。ピアノのモチーフもオクターブ・プレイか。

アコースティックな印象ですが、ベースもドラムスも入ってきます。でどころと、ダイナミクスやニュアンスを非常によくわきまえています。ハイポジのやさしい感じがよく出たベースプレイではないでしょうか。音の切り方などにも愛情を感じます。やさしい指づかいが目に見えるようです。ドラムスはリムのクローズドな響き。ほんとうに優しい。後半にむけてハイハットでエイトを刻んでいきます。抑制がきいており主題の儚い雰囲気を守り、画面の均衡を美しく保ちます。花壇を愛情をもって手入れするようなプレイですね。

井上陽水さんの歌唱ももちろん丁寧で慈愛深いものを感じます。もののけのようなおどろおどろしい奇怪な世界をつむぐのもお手の物の井上陽水さんですが、『白いカーネーション』の表現は至極やさしく、これまた彼の歌唱のなすところのハイライト。柔和です。

“カーネーション お花の中では カーネーション 一番好きな花 子供の頃には何も 感じてなかったけれど 今では不思議な暗いきれいだな 白いカーネーション”(『白いカーネーション』より、作詞:井上陽水)

花に「お」をつけて呼びます。対象への尊重、やさしく扱う意思のあらわれでしょうか。“カーネーション”の主題を挿入しながら、「お花の中では一番好きな花」の一連のラインをチョップするところが凝っています。意味上のつながりのなかに、こうして音楽的なリフレインを任意の語順でいれてしまうのがこうも有効にはたらくのだと覚えておきたいところです。

子供の頃には興味を覚えなかったことがわかるようになるばかりだと、私は年をとって思います。歴史の話だとか、自分が生まれるよりまえの事物の話と、子供の頃の私は一体いくつすれ違ってきたのか。

もっと早いうちから興味をもって、進んで学べてきたら今頃私はどんなその道の猛者になっていたことか。ないものねだりを思うばかりですが、私には結局ここに至るまでの時間と経験が、その対象にそのレベルでの興味や情熱を抱くのに必要だったのです。その対象に対する、「空白の挿入」みたいな対応を、かなりの幅のある時間してきたからこそ、ようやくいまの私は、その空白の末尾に、対象への思いをつづりはじめることができるのです。

それはまるで、日頃の感謝を伝えられずにいる……感謝するのに十分な無償の愛をおのれに向けてくれている、ある人の態度や日頃のおこないの価値に気づくことと重なるのです。

母の日にカーネーションを送る風習があります。たかがカーネーションを贈ることで、母親が子にすること・もたらすこととの天秤が釣り合うなどとは微塵も思いません。親から子、世代から世代への「仕事」「つくしてやること」の天秤って、だいぶおかしな形をしている。子が、またその子に「してやる」ことで釣り合いがとれるようなかたちになっているようです。だからこそ、花を年に一回贈るとかそれくらいで釣り合うとも解釈できるのかもしれません。

存命の母に贈るなら赤やピンクのほうが、花言葉としては無難というか、添うものがあるようです。歌詞に出てくる白は、ある人が亡き母に贈ったエピソードがあるといいます。(参考サイト Shaddy>カーネーションの色により異なる花言葉の違いとは?

“どんなにきれいな花も いつかはしおれてしまう それでも私の胸に いつまでも 白いカーネーション(『白いカーネーション』より、作詞:井上陽水)

ヒトの思いや感情は、生気をまとった花のようなもの。命の宿っているときに発してこそ、言葉は「思い」として機能するのかもしれません。ヒトは、「生きた言葉」の幹です。

井上陽水さんが『白いカーネーション』において花言葉……その花の色によってニュアンスの変わる花言葉をどこまで意識して作詞したのかわかりかねますが、儚い命を嘆くような繊細な意匠美を感じます。まあ、作詞に実際する意識の度合いはいかようでもいいでしょう。むしろ、私の知る井上陽水さん像としては、あまり意識したり仕入れた知識に頼ることなくふわっと息を舞わせるみたいに命をさずけたのを想像します。まぁ、事実はさておきましょう。もちろん、ご本人に話を聞く奇跡的な機会のひとつでもあれば、お訊きしてみたいですけどね。

思いは、一瞬で消えてしまう肉体の快楽や生理情報とはちがって、生気を保った主体のなかに、その命のかぎり、代謝し、保たれるものでもあります。その象徴が主題の“白いカーネーション”。そう考えると、私もお花のなかで、一番好きというか、尊重し、優先しつづけている事物だと共感します。

青沼詩郎

参考Wikipedia>陽水II センチメンタル

参考歌詞サイト 歌ネット>白いカーネーション

井上陽水 公式サイトへのリンク

『白いカーネーション』を収録した井上陽水のアルバム『陽水II センチメンタル』(1972)

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『白いカーネーション(井上陽水の曲)ピアノ弾き語りとハーモニカ』)