シャツを洗えばを聴く
気持ちが良く、清々しい。音づくりは当然のことながらくるりをブランドに感じるほど精緻で素晴らしいものなのですが、ウリャっとやって作ったような、バンドらしい「直行ぶり」を感じもします。「短さ」といいますか、ズバッと書いて、ズビッとみんなで音を合わせてサウンド・楽曲の骨子が「みえた!」となるスピード感に溢れます。好意が止まりません。
もちろん、ユーミンとくるりのハーモニーの部分とか、AメージャーからD♭メージャーに転調するところとか、バンドでズビっ!とやってすぐに終われる直行短距離走「以上」の綿密さも快活な塩梅です。
男声・女声のコラボ時の宿命はキー設定でしょう。ユーミン(愛称で失礼します)は女声としてはひと際独特で個性的な音域をしていると思います。具体的にいうと、ちょっと低め(女声というカテゴリで乱暴にくくってしまえば)の設定にしてもすばらしい響きをお出しになるシンガーだと、作品を聴くいちリスナーの私としては思います。この独特の低めの位置でも発揮される声のポジションが、性別を問わずに好かれるユーミンの魅力のひとつかもしれません。
全編、基本的にはリードを岸田さんが歌うかたちです。作曲の主導(名義)も岸田さんですね。ユーミンはハーモニー、それからサビの“シャツを”など大事なラインはメインと扱いうる位置で歌い、ユーミンが完全にリード(メイン)を担うところは先ほども述べました、転調してD♭になる、2サビ明け後の大サビ(Cメロ)明けのところです。モチーフ(メロディ)はAメロ相当ですが、“洗濯だ”と、ちょっとおしりをコンパクトにまとめてギターソロに突入するつくりです。
A→D♭の転調と解釈すると少し変……というか斬新な転調だと思えますが、A→C♯ですね(調合の数をおさえる観点でついD♭ととってしまいます)。長3度上への転調で、もし元の調がCならEのメージャー行く転調に相当しますので、元のダイアトニックスケール内にある音を主音とする調への転調だと思うとそんなに突飛ではありません。
むしろ、Ⅰ→Ⅲ(メージャー)の、地平がぐぐぐっと競り上がる独特の壮麗さ、爽やかさがあります。この長3度の動きはⅥ♭→Ⅶ♭→Ⅰのように主和音にむかって、準固有和音っぽい響きを借りて上行解決するような動きを取り入れる例にも親しいものを感じうると思いますが、Ⅰ→Ⅱ(メージャー)→Ⅲ(メージャー)のような長3度の「転調」が観察できるポップソング・ロックソングは稀少だと思います。そう、くるりとユーミン『シャツを洗えば』では、いちどAメージャーコードに解決し、長2度上げたBメージャーコードを聴かせ、さらに長2度上のC♯メージャーに突入する、という経過です。
バンドのリズムに乗って、セブンスのすっぱい苦い渋いフィールがふんだんに出たパワフルなギターソロをはさんだあとは、たった2拍ぶん相当の「B→E」のコード進行で元調のAメージャーに戻してしまいます。この自由自在さは、音楽を理屈ではかる目線を必要に応じて取り出す幅と奥行き、柔軟な姿勢が招くところに思えます。遊びや楽しみと音楽への意識の高さ、意匠や演奏の振れ幅はくるりの発揮する魅力の一面であることを強調しておきます。くるりの音楽はその魅力がとらえどころなく移ろい変化するので、何かその魅力を言葉にする機会を得たときにはなるべく言葉にしておきたいと思います。
青沼詩郎
くるりとユーミンのシングル『シャツを洗えば』(2009)。雑誌サイズCDとして発売された。
『シャツを洗えば(ヴァージョン2)』を収録したくるりのシングル『魔法のじゅうたん』(2010)
『シャツを洗えば』を収録したくるりのアルバム『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』(2010)
『シャツを洗えば』を収録した『ベスト オブ くるり / TOWER OF MUSIC LOVER 2』(2011)
『シャツを洗えば』を収録した企画盤『くるりとチオビタ』(2014)
『シャツを洗えば』を収録した20周年ベスト『くるりの20回転』(2016)
ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『シャツを洗えば(くるりとユーミンの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)