恋の庭

私の持つテニスの経験といえば、音楽大学に通っていた頃の体育の授業でやったこと。音楽大学でしたが、一般科目として体育があったのです。音楽と程遠そうに思えますが、何か発散するものがあり、悪くない授業でした。せまいキャンパスでは不可能だったテニスは、別の場所に移動しての授業だったのを覚えています。附属高校のある音楽大学でしたので、その高校の有するコートに移動していたのだと記憶しています。

高校などのテニスは男子の部活と女子の部活が別れていたとしてもほとんど同じ場所で活動していたり、あるいはそもそも男子の部活と女子の部活が別れていない学校が多そうに思います。その点で、サッカー部やら野球部やらとはいくぶん、チーム、部としてのまとまり感や単純に集団の「ノリ」の性質に差異があるかもしれない……とも思います。吹奏楽部なんかも男子と女子隔てなく活動する部がほとんどだと思いますが吹奏楽部とテニス部の感じをその点について一緒に語るのが適切かどうかはあやしいものだとも思います。とにかく私はテニス部の気風を外からからしか知らないのです。

コートをヨコシマな目で見るのは非常にテニスに真摯にうちこむ方に失礼に思えますので控えたいですが、単純に、男子と女子がおおむね一緒(あるいは場所的に近く、隔てなく)に活動する性質がありがちだという点についてだけ言い添えたうえで、そんなコートの周辺に起きたドラマを描く歌を知りました。ザ・リリーズ『好きよキャプテン』。

曲についての概要

作詞:松本隆、作曲:森田公一、編曲:萩田光雄。ザ・リリーズのシングル(1975)、アルバム『小さな恋のメロディー』(1976)に収録。

好きよキャプテンを聴く

YouTubeで“好きよキャプテン ザ・リリーズを検索する”

聴き覚えのあるドラマティックな味付け、萩田光雄さんの編曲は、私の記憶のなかの久保田早紀さん『異邦人』が呼応しているようです。

双子のリリーズならではで、声質の揃った歌唱の合音はすっきりと通って線がきれいです。ハーモニーパートにいったりユニゾンに戻ったりとの動きも、リスナーの視線(耳線)をいたずらに乱すことなく、非常になめらかで自然な印象を与えます。

左にアコギ、右にエレクトリックギターのカッティングがいるでしょうか。やわらかくやさしいニュアンスで刻みます。ベースとドラムスの分割が大きめの音価であるのに対して、ギターが細かい分割を担いますが、その刻みが非常にやさしいのです。

耳をひくのは、木管楽器とチェンバロなどの古楽器の音色がピタリと合わさったリードのメロディ。あまりに息ピッタリなので、撥弦楽器のアタックに管の質感が尾を引く、そもそもこういう音色を発する特別な楽器なのではと思わせるほどです。木管は私のキャラクターの聴き分けが甘く頼りないのが悔しいところですが、クラリネット?かとも思いましたがオーボエでしょうか。かなりまっすぐに演奏している印象で、その楽器らしいニュアンスをいたずらに強調しすぎることがない。儚く、寛容で器の広いキャプテンのような人格を随所に思わせる編曲と演奏のように思えます。

キャプテンとの距離

”好きよ好きよキャプテン テニス焼けの笑顔 遠い町へ行って もう帰らないの”

(『好きよキャプテン』より、作詞:松本隆)

オープニング付近から、楽曲の各となる光景、儚いスタンスをコンパクトに提示します。端的で、率直な描写に思えますし、楽曲の音の印象も歌謡曲アイドル然としていて最初気づきませんでしたが、作詞が松本隆さん。こんな作品のことばと世界も書いていたのだと意外な気持ちになりました。幅が広いですが、儚く、及ばない悔しさややり場のない想いのようなものを描くこの楽曲の性格を思うと、確かに松本隆さんの描く世界(にときおりみる傾向)だと納得する私もいます。

”好きよ好きよキャプテン 長い髪が似合う 私あこがれてた ひとつ上級生”

(『好きよキャプテン』より、作詞:松本隆)

野球部などではなかなかないのが長い髪、かと思います。テニス部だからといって長い髪の部員がそう多いともいえないでしょう。華の際立つ先輩だったのかもしれません。

”練習あと校庭で待ちあわせた イチョウの木 ラケット胸に彼と二人 夕陽を見たわ また逢う日もあるだろうと 白い歯みせ笑ってた 兄貴のようにおでこにキス さよならしたの”

(『好きよキャプテン』より、作詞:松本隆)

おでこにキス、はどういう気持ちでしたのか。熱く、性的な興奮や盛り上がりを思わせるキスであればこうはならないでしょう。やはり、距離が生じてしまうふたりの間をせつなくわびしく、しかし受け入れざるをえないものとして認める、その態度を示す儚い別れの挨拶だったのかなと思わせます。やるせなし。

兄貴のように、また「彼と二人」など、キャプテンが男性であると描いていると思える表現がみえますが、なんだか、たとえば女性とうしの思慕・恋慕の描写だととらえても、なんだか登場人物らの純粋な想いだけが余計に強調されるような気がして良いな、と勝手に妄想を膨らませて思ってしまいます。

松本隆さんの描く言葉、歌詞の世界は、こういう、はかなげで、ときに猛烈で、しかし立場を認めており現実との差異に打ちひしがれたりするような、思いと理性と肉体のおかれた環境を克明に、しかし想像の余地も与えて描く作品群が魅力です。『好きよキャプテン』はわかりやすい部類の作品にも思えますが、そういう深読みというか妄想もゆるしてくれる器の大きさがやはり作品から匂いでているようにも思えます。ドラマティックで歌謡臭するサウンドから、第一印象はジャンルのわかりやすい作品に思えましたが、鑑賞して妄想を連ねてみると、やっぱり深い世界もあらわれてくれると思い直しました。好きな世界です。

青沼詩郎

参考Wikipedia>好きよキャプテン

参考Wikipedia>ザ・リリーズ (女性アイドル)

リリーズ 公式サイトへのリンク

参考歌詞サイト 歌ネット>好きよキャプテン

『好きよキャプテン』を収録したザ・リリーズのアルバム『小さな恋のメロディー』(1976)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『好きよキャプテン(ザ・リリーズの曲)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)