坂本九『ともだち』を聴く
スウィングしたグルーヴ。ドラムスのダイナミクスの機敏な変化が魅せます。イントロから下行する音形のベースは曲の印象の多くを占めます。ブラスセクションが九ちゃん(愛称で失敬)の歌に合いの手します。右に華やかなサウンドの管楽器、左にマイルドで色艶のある管楽器。右がトランペット、トロンボーンなどで、左が複数のサクソフォンでしょうか。イントロから下行のベースが印象を持っていくと思いましたが、アコースティック・ベースとサクソフォンがユニゾンしているのですね。細かい動きのすべてまではアコースティックベースはフォローしておらず、それぞれが自由に動いてもいます。ドラムスの定位は右寄りでしょうか。エレキギターのマイルドなカッティングが渋い名脇役感。
九ちゃんの、語頭を明瞭に発声したあとの息の抜き方でこまかく余韻を揺らす歌唱が聴きどころです。「ちいさな草(くぅさぁ)も……」といった具合に、ひとつの発音に対して母音を伸ばすことで複数の音程をあてがう部分で坂本九の個性が顕著に光ります。「雨風が吹き荒れても」などではブラスが同調し歌詞を強調します。勇壮で雄々しい響きです。
曲についての概要
坂本九のシングルとして発表(1965)。作詞:永六輔、作曲:いずみたく。
この曲は、 宮城県立西多賀支援学校の子どもたちが坂本九を好きだったこと、そこを視察した社会福祉協議会員が永六輔と同級生だったことなどが縁で生まれたそう。詳しくはこちら(宮城県立西多賀支援学校 Webサイト)。
ベッドスクール歌とありますが、ベッドスクールって何? “院内学級の先駆けのようなもの” とわかりやすい表現をした宮城県立西多賀支援学校の卒業生の方のものらしいブログをリンクしておきます。
私が好きなポイント
博愛の歌詞
“君の目の前の 小さな草も 生きている 笑ってる ホラ 笑ってる”(坂本九『ともだち』より、作詞:永六輔)
草を擬人化しています。私がさまざまな表情をする生きた人間であるのと同じように、草だって笑うのだと。
これらにあたる部分は、“小さな花も”→“泣いている”、“あの雲も山も”→“歌ってる”といった具合にコーラス毎にバリエーションしていきます。
やなせたかし(作詞)・いずみたく(作曲)の『手のひらを太陽に』(歌詞リンク)を思い出す博愛感。いずれも、私のフェイバリット・ソングです。
コード
・Bメロの冒頭。“ふまれても”のところですが、コードがⅠ7(E7)。後に続くⅣ(Am)(“折られても”のところ)につなぐ性格の強い和音です。曲はEマイナー調ですので平常はソのナチュラルをつかいますが、ここではAmに進行したがるソ#を含んだ和音にしています。これを、Bメロのドアタマに持ってきているのが好きです。新しく出て来る展開のドアタマに副次調のドミナントを充てる動きを含めた曲とはたまに巡り合います(すぐに例が思い浮かばないですが……)が、はっとする響きですし「巧いな」と思います。
……と、例を思い出しました。『アンパンマンのマーチ』(歌詞リンク)がそうですね。
Bメロのドアタマ“今を生きることで”のところで、Ⅱ7(しかも第1転回形。第3音を低音位にした分数コード)を用いて次にⅤへ進行するのです。Ⅱ7はⅤにいきたがります。『アンパンマンのマーチ』を歌うユニット、ドリーミングはA♭メージャー調でパフォーマンスしていますので、Ⅱ7コードはB♭7です。E♭が後続し、セカンダリー・ドミナントの和音がトニックへと解決します。
細かい話ですが、エンディングの和音にマイナーシックスを用いているのも小気味よい。Em調の主和音にC#がつきます。ブラスセクションにナインス(F#)を持たせているのも響いています。コードネームで書くとEm6 add9(いーまいなーしっくすあどないん)といったところでしょうか。素敵な呪文。
Bメロの歌詞
“ふまれても 折られても 雨風が吹き荒れても 君の目の前の この僕の手に 君の手をかさねよう ホラ ともだちだ”(坂本九『ともだち』より、作詞:永六輔)
小さいものはいともたやすく蹂躙されてしまいます。それでもへこたれない。いえ、へこたれてもいいし醜くてもいい。生きるのです。苦境の緊張感をⅠ7(副次調Ⅴ。Ⅳへのモーション)のコードが表現します。
目の前のものを認知する、存在を認めること。「手をかさねる」は認め合いの象徴です。草や花や山や雲。人外を登場させることで博愛を想起させられるのは、歌の書き手(あらゆる分野にまたがる表現者)として覚えておきたいポイントです。
構成の妙
Aメロが3ブロック続くので(草の項、花の項、雲・山の項)、「このままどう展開するの?」とリスナーがそろそろ思うところでこのBメロの展開がやってくるのです。
そのまま間奏へ突入し器楽でブラスセクションがメインモチーフ。間奏明けには再びBメロを返して、そのあとで前半に念を押したAメロでシメます。
“ホラ ともだちだ ホラ 歌おうよ ホラ ともだちだ”(坂本九『ともだち』より、作詞:永六輔)
と主題の「ともだち」をリフレインし印象づけます。ここで演奏や歌唱のダイナミクスをひそめていき、エネルギーを内側で膨満させます。
そして最後の1発、上記したマイナーシックス・アドナインスコードでバーン! 放出して結びます。結びというかむしろ拡散・発散です。開いて……次はきみの番だ! とエネルギーをリスナーに託すかのようです。「ともだち」と認められた気分になりませんか。
まとめ、後記
印象深い低音下行はアコベと低域ブラスの合音。スウィンギーでエナジーがあり、ともだちに託した!感のマイナーシックス・アドナイン。結ぶのでなく開くエンディングはむしろプロローグ。ともだちと前を向いて事を始める歌に思えます。
お会いしたことも、実際に友達になったこともないですが坂本九を「九ちゃん」と愛称したくなります。『上を向いて歩こう』『見上げてごらん夜の星を』などで彼への認知を築いた私ですが、さらに坂本九への愛着を深めてくれる一曲です。彼からのバトンのひとつを私ももらった思いで、これからも生きていきます。
青沼詩郎
坂本九の33回忌の機会に発売された『坂本 九 ベスト~心の瞳』(2017)。『ともだち』『見上げてごらん夜の星を』『上を向いて歩こう』ほか収録。
ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ともだち(坂本九の曲)ギター弾き語り』)