人をうごかす声柄

モテる人。恋に積極的な人。好きな人の気持ちをうまくひくことのできる、かけひきのうまい人。ことばやしぐさや態度をつかいわけて、自分の望んだパートナーとの未来を引き寄せるちからのある人。というか、モテるので、こういった努力をがんばってやらなくても、自分のことを好きな人がどんどん寄ってきてしまう人。

これは私が思う、山本リンダが演じ、表現した、歌手として(作品として)のお人柄のイメージの一部です。実際の山本リンダがどんな人かは別として。

その人が歌手として人の前に立っている以外のときに、どんな性格の持ち主で、どんなふうにふるまう人であろうと、それはなんでもかまいません。案外、歌手として立っているときと全然違ったほうがおもしろいかもしれません。もちろん、ステージを降りてもどこまでも歌手のままだという生き方もかっこ良いものです。

自分が恋したいときは、恋できる。恋したいときじゃなくても、自分を恋の対象としてみてくる人がたくさんいるので、そういうときはそういうときなりの苦労もある。山本リンダが演じた歌の主人公には、そういう、イケてる女の人のイメージが強いです。

そういう主人公の歌声は、ハリやツヤがあって、よく伸び、遠くまで届きます。荒ぶるエネルギーがあります。自分の望みを叶えるつよさがあります。他の人や、意中の人やらを、ときに自分の望みにとって都合のよいように従えさせる力すら感じます。

声と人柄

ある人の顔とか性格と、その人の話したり歌ったりするときの声は、結びつくのです。「ある顔を思い出すと、その人の声はこういう感じだ」と覚えることがあります。

声を聴くと、その声が誰なのかがわかります。声は、歌手にとって、顔みたいなもの。声こそが、自分が生きていくための道具です。

歌手でなくとも、声はその人の顔の一部といいますか、それと似た機能を果たすところがあります。声は、あなたや私を、ほかの人と区別する特徴になるのです。

山本リンダが『狙いうち』『どうにもとまらない』『こまっちゃうナ』といった曲を歌うのを聴いて、私は「じぶんの望みをかなえる力のつよそうな女性」「人を動かす女性」をたくさん想像しました。山本リンダとは、こういう声の人なのだと知り、覚え、イメージを頭の中にたくわえました。

『狙いうち』“ウダダ、ウダダ……”。濁りの効いた、粘土みたいな濃ゆい歌唱。バック・グラウンド・ボーカルの男声「ヘイ!」が、男性を率いて前に出るリンダのキャラクターを感じさせます。肉食性を覚えるところです。作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一。1973年のシングル曲。

『どうにもとまらない』。パーカッション。管楽器。弦楽器。バンドが醸すリズムがあやしげに艶めきます。盛り上がる夜の拍動に乗ったグルーヴィーな歌唱。サビではボーカルのダブリングで展望がパッと変わります。作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一。1972年のシングル曲。

『こまっちゃうナ』。あどけなさと同時に、すべての男性の手に余る胆力、度胸も感じます。歌詞の中に登場する主人公と母の間で、さも親子でそうした特長が遺伝しているかのように描かれていて妙です。甘ったるいような癖のある声。歌詞“なんにも言わずに笑っているだけ”のところでは、みぞおちのあたりがスッと浮遊するようなファルセットが絶妙です。作詞・作曲:遠藤実。1966年のシングル曲です。

浮遊するウィスパー 『港のソウル』『きりきり舞い』

そんな山本リンダが、あるとき、ぜんぜん違う声で歌う曲に私は出会って、たいへんびっくりしたのです。きっかけは『港のソウル』という曲でした。

私の知っていた山本リンダ像は、自分の意志や気まぐれを貫いて、他人すら動かしてしまうような、主導権を握るかんじの、つよくしたたかなキャラクターのイメージだったのに。

『港のソウル』で聴ける歌声の持ち主は、ほかの人を従えるというよりは、だれかに従う人です。意中の人の横に立ったり、寄り添ったり、あとについていったりする。なんなら自分の行動や考え方を直して、相手に合わせて自分を変えていく。あるいは、とらえどころがなく、お互いに干渉しないふわふわした存在。そういう人がらを想像させる歌声でした。それまでのイメージと全然違ったので、私は本当にびっくりしました。

『港のソウル』。都会の匂いをまとったアンサンブル。子音が立ち、シューシューと息の通り抜ける成分に潜っていくような歌唱。パート別のバックグラウンド・ボーカルを本人が多重録音している様相です。テクニカルなのに軽妙な歌柄は、前半で紹介した曲での表現と対照的。さらりとしています。前半の歌唱の質感が粘土なら、こちらは水彩絵の具か。山本リンダらの音楽・表現が脱皮し進化を続けるのを確信する、すばらしい作品だと思います。作詞:伊藤アキラ、作曲:林哲司。1978年のシングル曲。

そのあとで『きりきり舞い』という歌で、山本リンダがまたやわらかい声で歌っているのに出会いました。

『きりきり舞い』“チューチューチュルル……”と冒頭からボーカルでモチーフの提示。リコーダーやオルガンのピヨピヨとしたかわいげあるトーンが、主人公の無邪気さを表現します。歌唱とバックのアンサンブルで愛嬌がいっぱい出ているのですが、歌詞で表現される主人公の女性像は、主人公に惚れた相手を翻弄し悩ませるもの。放漫で手に負えない印象で、サウンドや歌唱のかわいらしさ、まるっこさとの対比が際立ちます。周囲を振り回す感じの主人公と、かわいらいしい演奏・表現のギャップがたいへん魅力的です。おちつきがあってやさしい発声。トーンや表情が安定したボーカル。相手を振り回す存在はブレないのですね。泣いたり笑ったり苦しんだり、コロコロ表情を変えさせられるのは相手のほうなのです。作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一。1973年のシングル曲。意外にも、発表の時期は『狙いうち』と同年でした。10ヶ月ほどあとに出たのが『きりきり舞い』。

生来のマルチボイス

人柄を器用につかいわけることは、その人が多くの人や環境のもとで有利に生きていくために役に立ちそうです。

ですが、山本リンダのやわらかくてやさしい声が、「今はこれくらいでじゅうぶんだろう」と、そのときだけ態度を使い分けてかんたんにやってのけたようなものでない気がしたのです。

山本リンダは、ずっと昔から、こういうやわらかい声の持ち主だったのじゃないかと。心の底から、「この人はこういう人なんだ」と納得させる歌声。

山本リンダの歌声は、「つよくて、人を従えさせる人柄」を感じさせるときでも、「やさしくてやわらかくて、風に吹かれて飛んでいってしまいそうな人柄」を感じさせるときでも、どっちでも、心の底から本当にこういう人なんだなと思わせるのです。

これは日頃、その場をすぐさまやりすごすためだけに、そのとき限りの人柄を表現してみせるのとはわけがちがいます。

その場だけをやりすごすためでなく、いつも、全力で、いまとこれから先の長い未来をいちばんいいものにしようと生き抜いたために身についた、光のカーテンみたいな奇跡的な模様だと思うのです。私はこれを、たいへん尊敬します。

全力で生きると、最初からそうして生まれてきたかのような強度ある人柄を、何人分も身につけることができるのでしょうか。これは、誰でもがんばればできることなのでしょうか。

癖すら愛しい人柄の港

山本リンダが歌ったいくつもの曲の歌詞をみるに、そこではいろんなことが起きていますし、いろんな景色がみえますし、いろんな男性や女性らしき人が登場します。山本リンダの歌声が想像させる人柄は、強かったり弱かったり、はかなかったりわがままだったり、気まぐれだったり意志が固かったりします。

やさしい歌声と強い歌声のあいだで、いくつもの人柄が横断して渡り歩いているようにも思えます。山本リンダのもとへは、その癖っぽさすら愛らしい人柄が、すすんで集ったかのように思えます。これはたいへん珍しいことで、私自身も音楽を聴いたりやったりする一人として、山本リンダの表現にふれるのはとてもありがたいことです。

あとがき

歌手って、いろんなことを経てきた人を演じるものです。物語の中だけの人であっても良いし、歌手として人前に立つ以外のときのその人が混ざってもかまいません。

経てきたことが少ない人は、ある面においては、たしかに歌手として不利かもしれません。でも、一応はステージの上でエンターテイメントとしての「真実」をお客さんに見せさえすれば、ステージ以外でのそぶりも実際の経験の多い少ないも、お客さんには直接関係ありません。

歌手は「本当にこの世にいそうな人柄」をたくさん演じます。だから、フィクションの人柄の数を含めると、これまでに生きた人の数を超えているかもしれません。

あるいは、いくつもの人たちの間を、おなじ人柄が渡り歩いているのかもしれません。だとすれば、世の中にはたくさんの人がいるにも関わらず、たくさんの人の胸の中に、共通の人柄(似通った人)が住んでいるということもある気がします。

歌手とは人柄の交差点であり、港のような存在なのだと思います。山本リンダのすぐれた歌をきっかけに、そんなことに考えがおよびました。

青沼詩郎

山本リンダ 公式サイトへのリンク

山本リンダ『こまっちゃうナ』ほかを収録したコンピレーション『GROOVIN’昭和!1~こまっちゃうナ』(2010)。鮮烈な匂いのつよい音楽がつまっています。

『どうにもとまらない』『狙いうち』『きりきり舞い』『港のソウル』ほかを収録したシングルAB面集『「山本リンダ」SINGLES コンプリート』(2007)。

『ザ・プレミアムベスト 山本リンダ』(2012)。『どうにもとまらない』『狙いうち』『きりきり舞い』『港のソウル』ほか、収録曲すべてのカラオケも収録。

『山本リンダ・ベスト』(2001)。『こまっちゃうナ』『どうにもとまらない』『きりきり舞い』『狙いうち』ほか収録。

『こまっちゃうナ』ほか、移籍前の音源コンプリート・アルバム『ミノルフォン・イヤーズ』(2003)

ご笑覧ください 『こまっちゃうナ』拙演

ご笑覧ください 『きりきり舞い』拙演