いつかは消えるとわかっていてやること
音楽をつくって、どこかに保存しておくとします。昔はアナログテープだったかもしれません。最近の私はパソコンに録ることが常で、そのままパソコンの中にデータが置いてあることが多いです。
デジタルのMTR、すなわち多重録音機に録音していたときは、よくCD-Rにバックアップをとっていました。私が高校生か大学生くらいの頃(2000年台前半〜中頃)から使っているMTRです。いまだにその音が好きで、たまに使います。パソコンに録る音に飽きて久しぶりに使うと、多重録音機独特の音がすると改めて実感します。記録形式が16bit 44.1khなので時代遅れ感はありますが、CD最盛時代にユーザーに届いていた音はおおむね16bit 44.1khですし、場合によっては今でも十分だとも思います。もっと大きく音を左右するほかの要素やプロセスは数多あります。
ところで、パソコンに音を録るようになって、バックアップをどうしようかと思ってなんとなくSDカードに集約していましたが、あるとき、SDのデータが飛んでまっしろになってしまいました(中身が消えた、の意)。パターン!と床に落としてしまったのがいけなかったのか?……決め手の致命傷が何かは分かりかねますが、とにかく私は大馬鹿でしたね。SDカードなんぞにバックアップをとって安心してはいけなかったのです(もちろん耐久性と寿命に優れた素晴らしいSDカードがこの世にないとも断言できませんが……)。音楽(あるいは情報コンテンツ)をつくる入門者は憶えておくべし。ベテランはまず絶対しないでしょう。メモリーカードは一時的ないれものでしかないのです。
今はクラウドが一番なのでしょうか。私はSSDという代物に写真をバックアップしていたこともありましたが、それもある日あっけなく読み込み不能になりました。
クラウドサービスへのある容量以上の保存は毎月定額の支出が生じるなどしがちですが、情報媒体に命をかける商売としてはどこかで必須のコストと割り切って踏み入れるべきバックアップ領域なのかもしれません。無料でも微々たる容量ならばつかえるサービスが数多あるので近年は私も利用しています。
クラウドも、大元の会社・企業さんが潰れたらどうなるの? というリスクもあるでしょう。とにかく、バックアップは「複数箇所」が大原則だといいます。さまざまな媒体で3箇所くらいに持っておくのが理想でしょう。最低でも2箇所でしょうか。
案外、CD-Rは情報の保存場所として強いんじゃないかなと最近見直しています。確か750MBくらいしか入らないので、16bit 44.1khを超えるようなハイレゾ音源の保管媒体としては貧弱かもしれませんが、マスター音源1曲〜数曲くらいなら入りそうです。パラ(トラック別)音源の全保管とかはCDでは厳しいでしょうが……16bit 44.1khであれば、全8トラックで1曲分くらいならパラ(トラック別)の全保存も大体CD-R1枚でいけたものです(あるいはいけるように保存内容を絞った)。昔の私がそうしていました。
CD-Rは一回焼いたらもうそれで書き込みができなくなるところが、逆に長期保存向きなのかもしれません。SDカードは頻繁に読み書きを繰り返しがちですから、とにかく「保存向き」じゃないのでしょう。SDカードは情報の移動用のケージ、くらいに思っておくべきなのでしょう。あるいはSDカードも、書き込みをたった1度きりに制限し、あとは読み込み専用とする使い方であれば、リライトや追記を繰り返す使い方よりは多少データ保存の寿命を延ばせるのかもしれません。
CDとかSDとかの話をしている時点で私が甚だ時代から取り残された古代人であるのを思います(古代人仲間、いませんかー?)。
音楽はそもそも時間芸術で、古くはその瞬間にその場に顕現する体験を共有するのみのものです。それを記録・再生できるようになったのが大発明。私が20世紀生まれで恵まれたと思う理由のひとつです。楽譜に書くのも好きですけどね。
佐良直美 雪が降る 曲についての概要など
作詞:サトウハチロー、作曲:佐良直美。佐良直美のアルバム『ありがとう・佐良直美の心』(1972)に収録。
佐良直美の雪が降るを聴く
かなしげです。ナチュラルマイナーのⅤの和音が儚いです。
佐良直美さんの歌唱がなめらか。足跡のつくまえの雪原のようです。
とてもコンパクトな楽曲で、ミニマルな世界を思わせるのですが、音が至極リッチ。低いところから高いところまで木管楽器がいます。一番低いやつはファゴットでしょうか? リードを取るのはリコーダーにきこえます。フルートもいるようですし、まんなかあたりで和声とリズムを成すのはクラリネットでしょうか。
ストリングスもリッチで、アルコしてなめらかな地平を描き、トントンと軽妙なピチカートで雪の儚さを思わせます。
ベースが雄弁で、フィンガリングがなんと細かいことか。影の立役者です。ドラムスのチチチと軽い音が左寄りな気がするのですが、雄弁なベースとコンビするキックの輪郭が真ん中あたりにベースのストロークと一緒になって聴こえる気がします。2024年にデジタルで出し直したことに価値の再提示を感じます。すごく音がいいですね。佐良さんの歌唱が抜群です。作曲が佐良さん自身というところがまた多彩ぶりをうかがわせます。
積もる命の痕跡:音楽
“雪が降る 雪が降る 手のひらにそれを受け すぐに溶けるのを 悲しむ”
(佐良直美『雪が降る』より聴き取って引用のため表記は未確認、作詞:サトウハチロー)
じっくりその美しさを眺めたい雪の結晶ですが、てのひらにミクロな冷感をもたらし一瞬で消えてしまうのです。ナチュラルマイナーのもどかしく儚く、心のいどころがない響きと一緒になって私の心に降り注ぎます。
“積もれよと願いつつ”、と。音楽は「消えもの」の側面もあります。重ねていいますが、時間芸術です。それでも、音楽の歴史というものがあって、脈々と継がれて、今最先端のものを生んでいることでしょう。積もっては溶け、を繰り返しながらも、氷山、雪山みたいなものが世界中に形をなしてもいるのです。
それも、いつか地球ごと膨張した太陽に呑み込まれちゃうんですけどね。億年単位の話です。
青沼詩郎
配信で再発された『雪が降る』を収録した佐良直美のアルバム『ありがとう・佐良直美の心』(オリジナル発売年:1972)。音も曲も歌唱も抜群です。
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『雪が降る(佐良直美の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)