享楽との等価交換

大瀧詠一さんが携わった作品としてまず本曲『風が吹いたら恋もうけ』に辿り着きました。「風が吹いたらFu-Fu-Fu-Fu」を繰り返すイントロが強烈な印象です。これはサビなのか、あるいはAメロでもBメロでもない間奏なのか。

Fuは風が吹くオノマトペでしょう。恋を冷やかすときに「ヒューヒュー!」とか「フゥー!(お熱いねぇ〜!みたいな茶化す態度)」とかいった表現を用いることもありはしないでしょうか。どこからかやってきて、その想いが実るとも実らぬとも、ある日忽然と消え去りもする風と恋は非常に親和性が高いです。実体がなく、掌に空虚と思い出だけが残されるのです。

「風が吹いたらFu-Fu-Fu-Fu」のフレーズがあまりにも強烈すぎて灰汁が強く感じ、自分にフィットさせるには一度は尻込みしてしまった私が、ひとまず大瀧詠一作品として初めてこの曲を認知した頃だったのですが、最近作詞者の伊藤アキラさん関連の作品をいくつか数珠繋ぎに聴いてみているところで、この楽曲に触れ直しているところ、伊藤アキラさんが作詞に込める意匠の作風に通ずる「風のように実体がないが、恋のように人を揺り動かす」ようやくこうした言葉づかいの先進的な態度への素直な感服を表明できる心持ちになってきた自分に気づきます。

スウィングしたグルーヴで、風のようにすばやいテンポでつむがれる曲想。主人公と「通りすがりの男」のあやうい、風のようにいつ立ち消えるともわからない関係を描きます。金儲けをするように、一儲けした恋。あぶく銭です。すっぱり使い切ってなかったことにしてしまいましょう。ひとときの享楽に身を委ねましょう。それで何もなかったことにしてもいい。墓場に思い出をタッチダウンしてもいい。この一儲けの体験に味をしめて、次なるあぶく銭ならぬあぶく恋(あぶくごい?)を求めてほかの裏道に踏み入れるもいいでしょう。

不倫の道を往来してしまう主人公と通りすがりの男……を描いたと私は解釈します。そんなあやうい曲想を、あくまで理性的に、強い光量と輪郭・質量の歌唱で聴き手を選ばない耐用性の高いお茶の間のエンターテイメントたらしめる中原理恵さん。この不道徳な曲想には彼女の誠実な声質とそれを操る技巧が必要です。危うい曲想とたのもしい歌声の振れ幅が、私の心に風を吹き込みます。恋も風も金も、どこか似たところがあるかもしれませんね。ひとときの享楽との等価交換が儚いです。

風が吹いたら恋もうけ 中原理恵 曲の名義、発表の概要

作詞:伊藤アキラ、作曲:大瀧詠一。中原理恵のシングル(1982)に収録。

中原理恵 風が吹いたら恋もうけ(『GOLDEN☆BEST 中原理恵 Singles』収録)を聴く

そこここに、裏道へのアプローチが口をぽかんと開けてまっています。社会には落とし穴がいっぱいです。あるいは天国(享楽)への階段へのアプローチでしょう。多様な音が左右から誘惑の吐息をふきかけます。

右側にはトランペット、クラヴィネット。左側には木管楽器……クラリネットでしょうか、そしてミョーンと珍妙な音色のエレキギター。ドラムスは猛烈に風のようなスピードと弾んだジャジーなグルーヴを演じます。すばやいハイハットのオープン・クローズによるはずんだ演奏に刮目しましょう。

中央には中原さんの歌唱。「Fu Fu Fu Fu」のところで声がハーモニーになっています。恋を茶化す輪。あるいは恋にハマる、裏道にふみいれてしまう匿名の個人の集合を思わせる「Fu」のハーモニー。

シュゥーンと、シンセサイザーでつくった音なのか風の音を演出します。恋もうけチャンスがいま来ているぜ……そんな演出でしょうか。恋にむさぼりつくように、肉欲へまっしぐらに突進するように猛烈なピアノが享楽的にトリムの効いた音色でトランスします。

間奏の転調がおもしろい。Gマイナー調から、スウィンギーなビートになるところでB♭マイナー調にいっています。それから元調のGマイナーにもどって、「風が吹いたらフーフーフーフー」を二回唱えたら半音上の調のA♭マイナー調に上がって最後のコーラスABメロ。そしてくだんの風が吹いたらフーフーフーフーと恋もうけの再現があって、忽然と姿を消すように動乱をもたらしてきっぱり終わるエンディングにあと腐れなし。やはりもうけた恋はぱっと使い切るに限る。

青沼詩郎

参考Wikipedia>中原理恵

参考歌詞サイト 歌ネット>風が吹いたら恋もうけ

中原 理恵 | ソニーミュージックオフィシャルサイト – Sony Musicへのリンク

『風が吹いたら恋もうけ』を収録した『GOLDEN☆BEST 中原理恵 Singles』(2003)