多様な表裏で真理に迫る
「愛してるよ」のサビのアウフタクト(弱起)が優しくて慈しみ深いです。4小節単位のリフレインで主題のフレーズ「愛してるよ」を力強く印象づけます。
歌詞の対比が際立ちます。例えば一瞬・永遠。光と影、陰と陽、朝と夜、光と影、嘘や偽りと本当、あるいはオスとメスだったり……両極端にあるように思えるものも、一体のものを別の視点からみている、捉え方や尺度が違うだけ実は一体のものであるという真理を思わせます。まがいものになびかな、真実への誠実さ。真実以上のものに迫ろうとする純度に凄みがあります。心のままに噴出するものを汲むような自然な所作によって生まれる曲のよう。両極端な事象におもえるものも、グラデーション、マーブル模様で無段階に癒着しています。きっと、関係の薄いように思える多様な物事や観念も、ひとつの球体を中心に、表面のいろんな場所にぺたぺたと張り付いているだけなのだと思わせます。
間奏ではAメージャーからみて短3度下の調のF#メージャーに転調。のち、元のAメージャーに戻ります。シンプルなセクションのバリエーションで築く楽曲の中間部に音楽的な景色の展開を与えていて、ただ愚直にまっしぐらなだけではない「愛すること」の豊かな様相を表現しているかのよう。
1982年の武道館コンサートの演目にも採用されており、ライブアルバムや映像作品にもなっており、この時代における吉田さんのソングライティングやパフォーマンス、ならびに協力関係にある作家や演奏メンバーを含めての心身の充実をうかがえて頼もしく潔い気持ちがします。
愛してるよ 吉田拓郎 曲の名義、発表の概要
作詞:松本隆、作曲:吉田拓郎。吉田拓郎のアルバム『無人島で…。』(1981)に収録。
吉田拓郎 愛してるよ(アルバム『無人島で…。』収録)を聴く
叫び散らす歌唱のニュアンスが鬼気迫ります。この声で「偽りだけど真実(ほんと)さ」と歌われるに、不純物がまじりようもない説得力です。この構文で永遠に対極にあると思しき事象を挙げ連ね、叫び続けていけそうです。平穏だけれど、これは戦いだ。静けさのなかの嵐だ。沸騰した湯のなかの氷だ。
まっしぐらなベースとドラムのビートに。エレキギターや鍵盤のオブリガードモチーフが断続的に降り注ぎます。エレキギターの質感が圧倒的なず太さ、線・コシの強さ。ディレイをまとったり、ハーモニーをまとったりと変容しながら直線的なビートの頭上でウワモノが展開します。オルガンがゾワゾワするような低音から目指す足場まで一気にグリスアップしては直線的な保続音をくり返し浮かべます。
間奏で調が変わるとともに、サウンドスケープも変身します。女声コーラス。エレキギターはクリーンなトーンのリズム。タンバリンのコントラストが強くはっきりしたリズムを浮かべます。リードはサックス。
この叫びの永続を意図するようにフェードアウト処理のエンディングです。
“心の中を探るより 君を信じたい 誰かを悪く言うより 友達になりたい 利口に責めるよりも 愚かに許したい 夢に頬づえつくより 夢を両手で支えたい”(『愛してるよ』より、作詞:松本隆)
言葉の可能性も脆弱性も熟知しているからこその、言葉のレイヤーの底にあるもの、中心にあるものへの言葉によるアプローチです。100を語っていても、静かに凪いで、期を待っている。いくら口先のうそやほんとが飛び交っていても、きみを信じて友達だと思っている俺がいる。頬杖よりも両手で支えるほうが安定するのはもちろんのこと。似ているようで、結構ちがうことも多いのです。
青沼詩郎
参考Wikipedia>無人島で…。、王様達のハイキング IN BUDOKAN
『愛してるよ』を収録した吉田拓郎のアルバム『無人島で…。』(1981)
『愛してるよ』ほかを収録したライブアルバム『王様達のハイキングIN BUDOKAN』(1982)