ギリギリの望み
「ギリギリ愛してます」の言葉づかいに魔法が宿ります。愛してますとは通常強くはっきりした意思ではないでしょうか。あるいはふわっとした気持ちの長期の継続によって漠然と醸成される結果としての感情かもしれません。
いずれにせよ、ギリギリという形容詞と結びつけて用いるにはいくらかの違和感が立ち込めるのが主題の「愛してます」です。それを組み合わせてしまう、作詞者・伊藤アキラさんの革新・工夫・偉業をたどっていくつもの作品を聴き渡る海鳥になるのも一興でしょう。
アルバムバージョンで本曲を聴くとさわぁ〜っという海の音色から曲がはじまります。そしてアルバムの最後に収録されている楽曲『Twilight Dream』においても、海の音ではじまり海の音でむすぶ演出がなされています。個人の感情の揺らぎが矮小に思える、大きな生命の集合のうねりの象徴である海に抱かれる主人公の構図が見えてきませんか。その対比において、確かに主人公の「愛してます」は「ギリギリ」などいうあやうい形容詞と結び付けられてしまっても妥当なのかもしれません。
B♭マイナーのAメロがあって、Bメロで平行調のD♭メージャーに移ろって歌詞「かまわない」と語られます。しかし「ギリギリ」のフレーズをともなったドミナントモーションによって、主人公の愛の顛末の危うさは元のB♭マイナー調に押し戻されてしまいます。
“いつか船で旅発つ 白いベールの私 今日がその日のはじまりならば いいけど”(『愛してます』より、作詞:伊藤アキラ)
と恒久な愛で結ばれる未来を望みながらも、その具体のビジョンは潮騒の轟音にマスクされて濁されてしまう気分です。「ギリギリ」なのでしょう……。
マンドリンの音色……それから海鳥を思わせるオーボエの音色が短音程で羽をきこきこと動かします。オリジナルの編曲は船山基紀さんによります。
愛してます 河合奈保子 曲の名義、発表の概要
作詞:伊藤アキラ、作曲:川口真。の河合奈保子のシングル、アルバム『Twilight Dream(トライワイト・ドリーム)』(1980)に収録。
河合奈保子 愛してます(アルバム『Twilight Dream(トライワイト・ドリーム)』収録)を聴く
河合さんの歌声にはどまんなかを感じます。安易すぎる列挙かもしれませんが、松田聖子さんの歌声と並列したくなります。裏表がない物事など存在しないと思いますが、裏表が一体化してどこにも恥じることなどない……という覚悟の潔さを感じる歌声が尊い。
左にエレキギターが開きます。ストリングスの高音弦も左に開いて定位を立体にします。右でエレキと対になるのはパーカス。タンバリン、カバサ、カウベルのような小物が出入りし移ろうセクション毎に雰囲気を演じ分けます。特定の楽器をべったりと長く張り付かせるのではない、見習いたいパーカッションづかいです。
エレキベースがオクターブのハシゴをずいずい上り下りするフレーズとタンバリンが疾走感を演出するサビが、「愛してます」のギリギリの切迫感を象徴します。スっと軽く触るだけのハイハットの立ち消えそうな繊細なニュアンス、ダイナミクスが素晴らしい。タムで定位感を出しています。
ここぞで出てくるオーボエの装飾音符を引っ掛けたフレーズも疾走感があり、突風にゆらめきながらも姿勢を保つ海鳥のたくましさを想起させます。マンドリンのオブリガードも哀愁たっぷりです。
間奏やエンディングなどでシンセ類の人工的な音色も折衷がはかられ、神秘的です。
ギリシャとかヨコハマとか実在の固有名詞らしきフレーズも散りばめられています。ヨコハマはまだ国内のポップソングとして身近な範囲ですが、ギリシャが飛躍していますね。ラブホテルの建築や内装のイミテーションテーマを思い浮かべてしまう私の心は汚れているのか……(忘れてください)。
青沼詩郎
参考Wikipedia>愛してます (河合奈保子の曲)、トワイライト・ドリーム
『愛してます』を収録したアルバム『Twilight Dream(トライワイト・ドリーム)』(1980)