乱れた心が高らかに叩く鍵盤
サビはじまりがガツンと強く響きます。
主音から朗々と歌がはじまります。恋に破れているのであろうけれど、その逆境をみずからねぎらうように歌唱が声高で輝かしく、絢爛で壮麗なサウンドです。音楽の純度や質が高まれば高まるほどに、主人公の心は雨の冷たさに震え上がるように孤独です。
雨の情景に主人公のどしゃぶりの心を投影します。
サビ「あめは」…とマイナーコードからはじまって、Ⅴの第一転回形や副次調Ⅴ(セカンダリードミナント)を経由してぐらつき転覆せんばかりの主人公の心の激情を和音や低音位、ボーカルメロディなどによる音楽意匠面での動きでドラマティックに表現します。
bachelor(バチェラー)は本来独身男性を示す意味だからgirlがつくのはおかしい!という横やり(?)が入り大滝さんのオリジナルアルバムに収録するのがためらわれたために稲垣さんへの提供が先になった…というような筋がうかがえるWikipedia記事などがありますが、それも必ずしも独身男性を意味するシーンのみに限らない用例があったから結局リリースに至った…とも読めます。
ポップソングの歌詞やタイトルなどにおいてはむしろ積極的に、既存の文法上は誤りとされる新しい用例や革新的な表現が追及されるべきとも私は思います。それまでの間違いを新しい時代の常識として提示し、既成の観念を塗り替える、くらいの鼻息の荒さでちょうどよいのではないでしょうか。言葉も代謝する生き物です。新しい表現が生まれては、ある語彙は死語とされいずれ忘れられてもいくでしょう。
恋の転覆を思わせるドラマティックな曲想・歌の内容ですが、本曲の現実におけるポジション的にもそういった紆余曲折の一筋縄ではいかないドラマがうかがえて歌の内容が描くフィクションと現実の共鳴に思えてオツな味わいです。
稲垣潤一さんはGメージャーキー。大滝さんバージョンはEメージャーです。
バチェラー・ガール 曲の名義、発表の概要
作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一。稲垣潤一のシングル(1985.7.20)、アルバム『REALISTIC』(1986.3.1)に収録。大滝詠一のシングル(1985.11.1)、アルバム『Complete EACH TIME』(1986.6.1)に収録。
稲垣潤一 バチェラー・ガール(アルバム『REALISTIC』収録)を聴く
これは本当に珍しい。ボーカルの音域が上がって高揚を演出できるように半音〜全音くらい上の調に曲の途中で転調する曲は星の数のごとく数多ですが、本曲の稲垣さんの実演バージョンは最後のヴァースの再現に入る直前のキメを利用して、半音下の調に転調しています(Gメージャー調→G♭あるいはF♯メージャー調)。
このことによって、最後のヴァースの歌詞の響きがまるで違って聞こえます。キーがさがったことによって、のびのびとした雰囲気をまといます。ちょうど歌詞は「忘れるよ 二人には小さすぎたぼくの傘」とつづられます。主人公の傘のなかはさみしく、空間がひろくなってしまった。その決定的事実が、もう腹におちている、納得している心の響きを下がったことによってのどかに平穏になった音楽が表現しているのです。
私の偏った好みではありますが、メロディやコードの骨子を耳コピで拾って自分でも歌ってみたいと思った曲を中心に取り上げるのが本ブログサイトであり、これまでに取り上げてきた曲は1000は確実に超えているのですが、曲の終結に向かってキーが「下がる」曲はほとんどありません。
しかし、これはいいな。すごくいい。心の平穏、ハラオチ、覚悟が決まったことによるスッキリ感を表現できる転調です。
稲垣さんのスっとした紳士な歌唱。ハーモニーやダブルも清涼でクールな響きです。ズクズクと歪んだギターの響きが心のわさわさを表現します。こだま(残響)をまとったピアノの音色がオブリガードし、主人公の問いに何かしらの啓発を送り返すかのよう。
稲垣さんバージョンの編曲は井上鑑さん。寺尾聰さんの『ルビーの指環』の編曲も井上さんの仕事のひとつです。
大滝詠一 Bachelor Girl(配信アルバム『Complete EACH TIME SINGLE VOX』収録)を聴く
大滝さんバージョンだと際立ってきこえるのが大サビ「君が欲しいと つぶやくだけで すべてなくした でも言わずにはいられなかった」のところです。フレーズ尻でAhと6度跳躍して、やり場のない心を昇華するかのよう。そしてスピーカーコーンに穴が空いてぶすぶすいっているみたいな、巨大なヤギの唸り声のような独特なリードの間奏に入ります。この音色、サックスか何かなのでしょうか。かなり個性的なサウンドです。
最後のヴァースに入るとき、大滝さんバージョンは元のキー(Eメージャー)のままです。元のままで事態……というか、心のなかの状況が変わっていない感じが私にはするので、稲垣さんバージョンと比較したとき、「(やれやれ、しょうがないけれど)忘れるよ」……という、ちょっと諦観のような斜め下におちるような目線を感じるのです。
ピアノがまとうこだま、ディレイ効果が長く、尾を引く未練を象徴するかのようです。イントロとエンディングで雨と雷の音がが大胆にフィーチャーされていて、君との恋において主人公が経験した心の大災事をより劇的に印象づけます。
青沼詩郎
参考Wikipedia>バチェラー・ガール、REALISTIC、フィヨルドの少女/バチェラー・ガール、Complete EACH TIME
稲垣潤一のアルバム『REALISTIC』(1986)
『Bachelor Girl (40th Anniversary Version)』を収録した『EACH TIME 40th Anniversary Edition』(2024)