1音・ひと駅

「思い出は」=「ⅵ ⅴ ⅴ ⅲ ⅰ(ラソソミド)」……短いモチーフ(音形)の一つひとつが、ひと駅ひと駅がつらなり成立する鉄道の構図(システム)、観念、あゆみそのものです。鉄道を敷くのも、車両や駅設備、人材、その技能、はたらきなど人びとの発する多様多面の要素からなります。電車は一夜にしてならず。たった一便の安全な運行のために甚大な人の労力や想い、心血が注がれているのを思わせ、重なるくるりによる阪急電車のテーマソングの本曲。

反復される、『3323』の主たるフレーズ“思い出は”のメロディ図例。世代を越えて継がれ、人から人へ手渡される思い出や精神的な資源のリレーを思わせます。

走る阪急写真館』動画のBGMとして用いられ、2026年2月11日発売のくるりのアルバム『儚くも美しき12の変奏』に収録されました。YouTube【公式】阪急電車ファン全員集合!チャンネルより2本の前後編動画も公開され、阪神電車館館長と本曲作詞作曲者の岸田繁さんのミクロで愛着に満ちた対話を通して大きな現在進行形の背景・歴史が無尽蔵にピストン輸送している事実が私の胸に迫ります。「思い出」は本曲を収録したアルバム『儚くも美しき12の変奏』の各収録曲に渡る直接あるいは間接的な共通のキーワードだと思います。

本曲は“思い出はたじろぐ”の歌詞ではじまり、同フレーズで閉じられる構造になっています。電車の運行をホームで目の当たりにすると、私はいつもその無限に思える物量、迫力に常に圧倒されたじろぐ気持ちがします。あるいは未知、想像をこえた未来のそのあまりにも大きい様子を暗示しての“たじろぐ”なのかもしれません。阪急車両“3323”が運んできた・これからも運び続ける既知(思い出)と未知を直感的に射抜くフレーズが本曲の魂柱になっています。

楽曲のなかば、「次の電車に乗って」のフレーズで全音上へ転調。「思い通りの未来を通り過ぎ 追い越して あとで待ち合わせしよう」の歌詞を転調でも表現します。アコーディオンっぽい音色が入ってきたり、沿線に古今東西が共生する風が入ってくるよう。「どこへでも行く ふたりで」は2本で1対のレールの象徴でしょうか。くるりのメンバー:岸田さんと佐藤さんなのか、本曲の主人公、リスナー、阪急を動かす人々、阪急に乗って未来へと向う人々、過去&未来なのか。多様な観念が1対のレール、線路に映り込みます。

3323 くるり 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:岸田繁。くるりのアルバム『儚くも美しき12の変奏』(2026年2月11日)に収録。『走る阪急写真館』動画のBGM、テーマソングとして用いられる。

くるり 3323(アルバム『儚くも美しき12の変奏』収録)を聴く

アコースティックギターの約3拍すすんでぴたっと止まるリフレインを基盤にすすんでいきます。ぽろぽろとナイロン系のギターも含められているようか、ミヤビな響きにポイー〜ンとオルガンが漂ってきて短い周期でゆらめく直線を描きます。ベースが弾み、低音の位置を自在に表現。こんこんと木琴やピアノの減衰系の音も表拍でバウンドします。プログラミングで入れた感じの電子音が人類のテックの進歩を代弁するよう。曲がすすむとともにボーカルがハーモニーやオブリガードを連れてきます。「夕暮れの遊歩道」「子どもたち」……行き交う人々と街の景色、交叉する思いに想像を馳せます。フラッパーカスタネットがカララ!と笑い声を添えます。多様な特長をもったすべての音色が総体になって「思い出」の調和と豊かな芽吹を祝福します。幸せな音色です。キュイン……とモーターが目の前を通りすぎ、よぎるような効果的なサウンド。バスドラムの音に特長があり、心臓がばくばくと安定し力強いあゆみを体現します。

アルバムレビュー記事でも本曲に寄せる味わいを書いていますのでぜひそちらも参照してください。

今回気がついたのはエンディングのダブルキーと本曲のボーカルメロディのペンタトニックの関係です。

Dメージャーではじまる本曲は後半でEメージャーに転調しますが、エンディング付近はAメージャーキーとの重ね合わせ(ダブルキー)のようになって、どこまでがEメージャーでどこまでがAメージャーかがわからない、マーブル模様にまざりあったようでいて実は溶け合ったわけではなく二つの秩序が同時に共存しているかのような様相を呈しています。エンディングははっきりとEの和音を経由してAの和音に着地するのですが。

本曲はペンタトニック、すなわち47抜き(ヨナ抜き)音階を基調にしたボーカルメロディになっており、エンディングに向かうあたりのボーカルメロディ「思い出は……」の反復に用いられる音名は「ⅵ ⅴ ⅴ ⅲ ⅰ(移動ド読みでラソソミド)」です。これはキーがEメージャーキーであっても、Aメージャーキーであっても差し支えない、ふたつのキーのダイアトニックスケールに共通して存在する固有音のみが用いられたボーカルモチーフ(旋律)になっています。すなわち、ダブルキーの成立と絶好友好の握手を交わせるメロディピースになっているのですね。

EメージャースケールとAメージャースケールの見比べと、Eメージャーで歌われる“思い出は”のメロディの図

そしてちょっと居眠りした? 自分の今日の未来をすこし想像した? と思ったらターミナル駅に到着したみたいに、コンプレッサーから安堵の空気が抜けるみたいにAの和音に着地(到着)して結びます。

私にもあなたにも、延々とつづくポリシー、代謝と更新を続ける信条があるはずです。その共存・共生を祝福するみたいではありませんか。本曲は阪急さんへのお祝いや敬愛の表明であると同時に、私やあなたの固有の生(あゆみ)の調和のテーマソングでもあるのです。

青沼詩郎

くるり / QURULI 公式サイトへのリンク アルバム『儚くも美しき12の変奏』のリリースから数多のイベント、フェス、オケとの共演など多様なステージを経由しつつ2026年の“音博”の開催へと向かって行きます。

参考歌詞サイト 歌ネット>3323

『3323』を収録したくるりのアルバム『儚くも美しき12の変奏』(2026年2月11日)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『3323(くるりの曲)1音・ひと駅【ギター弾き語り・寸評つき】』)