心の誇らしさに至る精神的境地 『美人天国』爆風スランプ
『大きな玉ねぎの下で』を収録したのと同じアルバム『しあわせ』の1曲目に収録された曲です。
見た目の美醜に言及すること自体がためらわれる気風すらある2026年時分をおもうと、本曲のリリースが1985年だったからこそ前時代的な背景のもと誕生し気軽に表現できたテーマにもとづく楽曲なのかなと邪推してもしまいますが、本曲を含むアルバム『しあわせ』を通して聴いていると、あくまでロックチーム・爆風スランプとして楽しいもの、真心と気合いに満ちたエンターテイメントをリスナーに提供したいという純粋な想いに由来した曲なのだと私には思えます。見た目の美醜に由来するコンプレックスに人生をとてつもなく左右されていると感じる心境とともに現在進行形でなんとか生きている人がいたとしたら、その人にでも本曲をなんの抵抗感もなく純粋に楽しんでもらえるかどうかについては正直未知数だとは思います。そこで提示したいのが本曲『美人天国』がもつ2面性についてです。
・ナチュラルマイナーのヴァースとメージャーのサビ
見た目の美醜の話を心の美醜の話に転換してくれているのではないでしょうか。ヴァース(Aメロ)はAマイナー。美人に声をかける男の子たちの街道筋の構図を提示するAメロ。そこからBメロでもまだ映像描写がつづき、美人の顔面の具体的な造形を語ります。このBメロのあたりで調性の感触は平行調のCメージャーへのモーションをみせたり、すでにAメージャーへ浮つき、未来を予言してもいますが、そこからサビに至って、晴れてセクションのアタマからバーンと主和音がAメージャーに転換したのが音楽的な響きからうかがえます。
サビ前で歌詞は「ああなんていい顔なんでしょう」。そしてサビで「チヤホヤしてよあたしほら美人」。すでにチヤホヤされていたら言わないせりふでしょう。ひょっとするとこの1コーラス目の主人公は、美人の自覚があるのに、自己評価の割には世間からのチヤホヤされ方がまだまだ足りていないと感じているのかもしれません。美人の自覚があることに起因する、おのれがおのれ自身にかける「呪い」も存在するのだと気づきます。
ちなみに2番は有名人で慈善事業好きな「ぼく」に主人公が交代するのも、本曲の2面性です。
・心の話である
形のないもの(音楽)なんですから、鼻が高いとかきりっとはっきりとした眉だとかぱっちりと大きい目だとかうんぬんいっていたとしても、心の話なのではないでしょうか(無理矢理すぎ?)。心の目が大きくひらいている! 心の鼻は、自分が自分であることへの誇らしさのようにつんと高い! 現実の腕っぷしは野良仕事で日焼けしていても、心のなかの肌は澄み渡る純朴な心を映したように白い! そういう話だと味わうのも本曲の魅力ではないでしょうか。
そしてサビの結びには「この世は天国」とか「この世の極楽」といったフレーズの歌詞が用いられていますが、見た目の美醜を超越した審美を味わい合える精神的境地こそが「極楽」や「天国」なのではないでしょうか。
ところで間奏のギターソロに尺をさいて、複数のギターがソロのタイマンバトルをしている土俵が表現されます。ギタリストのCharさんがゲスト参加されているそうです。ソロのかけあいはパッパラー河合さんとCharさんの大一番ということでしょうかね。心の美人!アタシは顔だって美人!といった具合に競って高め合っているみたいな構図にも思えます。
美人天国 爆風スランプ 曲の名義、発表の概要
作詞:サンプラザ中野、作曲:中崎英也。爆風スランプの2ndアルバム『しあわせ』(1985)に収録。
爆風スランプ 美人天国(アルバム『しあわせ』収録)を聴く
サンプラザ中野くんの声の響きのまとまった質量がすばらしい。ノンビブラートの太さ。フレーズ尻の言葉の切り方、音の止め方、休符のセンスが良くて、パワフルなまっすぐな発声と声質であっても聴き飽きない表現力が共存しています。ちょっとフェイズがかったようなちりちりとした質感のミックス上のお化粧をほどこされているようです。要所にダブリングもあります。
サビでボーカルがハーモニーになるところが、心の叫びと表面上の叫びの二重性を思わせてグッと来るところです。
ボーカルのちりちりとした質感となじむエレキギターのサウンドもコーラスの類なのか、時代を思わせる音色をしています。間奏のソロのかけあいはフレーズごとに定位を振っても良かったんじゃないかとミックス上の構造について思いますが、ボーカルがいなくなる中央にあくまで二人の闘士を描写したのでしょう。相撲もまずは土俵の中央でぶつかるのが概ねなわけです。
ベースの8分ストロークのぎらつき、粒のフォルムとアタックが色っぽく危険な香りで、ドチドチとキックのアタックもそれにピタっと協調します。ハイハットやライドのストロークを4分中心にして、ベースが押し出す疾走感を邪魔せず、おおらかさのびやかさが両立したドラミングが爽快です。
シンセの音色がニューエイジ感で、まっしぐらすぎるバンドのベーシックに時空のひろがりを与えます。
美人天国といっているだけであり、醜さについて言及しているわけでもありません。考えるきっかけをくれるテーマ設定も秀でていますし、まっしぐらなバンドサウンドに思えて楽曲の音楽理論的な構造としてもいろんなドラマが起きている楽曲です。
青沼詩郎
『美人天国』を収録した爆風スランプのアルバム『しあわせ』(1985)