多摩蘭坂 RCサクセション 希望へ向かう途上
原曲のサウンドが豊かなんです。ストリングス、フルートなどオケの音がアナログチックでスタジオ芸術然としていますが、間奏のところの展開はなんだかスタジアムロックみたいなスケールのでかさを備えており、かと思えば楽曲の本質はまるで4畳半フォークのように、自分の手を伸ばしたらすべての壁に届くくらいの狭い空間で力なく天井や窓の外を仰いで理想や思いの対象を恋しく思っている。スタジオ芸術・スタジアムロック・4畳半フォークを融合したような革新的で独創的で感傷的な叙情性があります。
「たまらんざか」の固有名詞も鮮烈なアイデンティティ。国立と国分寺の市境に実在する坂の名前。その坂のかたわらに部屋を借りて住んでいる主人公と忌野清志郎さんの現実の史実は重なるようです。君に会えていなくて、部屋やたまらん坂の周辺からみえる月(おそらく弓形の三日月なのでしょうか)が君の口に似ている……と、想いの対象を遠く浮かぶ月に重ねみます。
たまらん坂の地名は、坂をのぼるのがきついことに由来しているそうです。この坂、きつくてたまらん!耐えられん!ということらしいです(本記事末尾に余談あり)。
「きつくてたまらない」の意味の「たまらん」に対して「多摩蘭」の漢字は当て字なのでしょう。RCの本曲の表記もその漢字になっており、見た目の上でのインパクトをかせいでいます。この当て字の漢字はおそらくRCのオリジナルではなく、おそらくRCによる本曲のリリース前からも用いられている漢字表記であるようです。
ボーカルメロデイの音域はやたらに広いことはなく、四畳半のせまい部屋に収まるくらいの規模感におさめられていますが、AセクションからBセクションになったときに下属調にしれっと転調したふわふわしたフィールになっています。さながら、現実の自分は部屋にいつつも、想いや希望の成就に頭のなかを飛ばすような音楽構造です。あるいは、自分の部屋にひとりでいるのが仮初の状況であり、想いのかなった状態こそが本当の意味でのホームなのかもしれません。Aメージャーキーで、BセクションのところでDメージャーキーになったかのような秩序にしれっと変わっているのですね。でもDメージャーにどっかりと落ち着くようなカデンツの結びがはっきりと示されるわけではないので、やはりここは仮初(かりそめ)の宿の表現なんだと思うと腑に落ちます。
多摩蘭坂 RCサクセション 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:忌野清志郎。RCサクセションのアルバム『BLUE』(1981)に収録。
RCサクセション 多摩蘭坂(アルバム『BLUE』収録)を聴く
Aセクションはギターとエレクトリックピアノ?が16分割の解像度とゆったりとしたテンポを表現します。右寄り定位のギターがライン収録のように非常に近くて明瞭、かつ純白な音色をしています。アコースティックギターなのか、フルアコースティックのエレキギターなどなのか、どんな楽器を使用したのか興味がわきます。もんもんとする夜の空気を表現するようにロマンチックな音像を連れて、忌野さんの繊細な、喘ぎ声がそのまま歌になったような歌唱が魅惑で色っぽくて可憐です。
Bセクションになるとビートが入ってきます。また間奏のところでもビートの印象が強まります。ドドドン、とタムのアクセントで広がりが出ますが、ベシ!ダシ!とスネアの音が坊主頭のような独特の混ざらない輪郭を有していて印象に残る音色です。間奏ではエレキも歪んだリードサウンドで飛び交います。
ストリングスの音色がここぞのタイミングで欲しい響きや合いの手を添えてくれます。サンプリングの音色をキーボードでプレイしたものなのか、生のヴァイオリンが入っているのか、あるいはその両方なのか。加えてフルートの音色が耳を惹きます。そういえば忌野清志郎さんはフルートの演奏ができる人だったと思います。ひょっとして自分で演奏したのでしょうか。フレーズ尻のトリルが効いています。
エンディングの「キスしておくれよ」と最後の歌詞ワンフレーズを表現するときの忌野さんの声の掠れ具合、「う、ぅ、うぅん……」とまるで寝言をうかべながら悶えているみたいな夜の更け方がせつなくて胸をしめつけるようです。坂のきつさが心臓を絞り上げるように……? オケ、バンド、歌唱と全体のサウンドがアナログ的に非常によくなじんでいて、ロマンティックで独創的な曲のアイデンティティを確立します。知的な意匠面でも、感情・叙情面でも、録音作品としての質感の面でも秀逸で私の琴線を震わせる傑作です。
余談 たまらん諸説
興味深いサイト(閾ペディアことのは>多摩蘭坂)をご蘭……じゃなくご覧ください。
たまらんは坂がきつくてたまらんに由来すると一般の認知を得ている傾向が強いですが、この坂一帯がぬかるんでしまって靴が赤土で重くなってしまって「たまらん」のが本当の由来だとする説があるようです。水がたまってしまって「たまらん!」なのですね。たまるのかたまらんのかよくわからん。
あとは女学生の美しさ麗しさがたまらんのだとする説もあると、上に参照したリンク先のWebページが紹介しています。
いずれにせよ、境界人間、青春期は多様な事象に対してたまらんの想いをなみなみと抱いていることを象徴するようで、本楽曲『多摩蘭坂』はたまらん魅力をためこんでいるのです。
青沼詩郎
参考Wikipedia>BLUE (RCサクセションのアルバム)、たまらん坂
RC SUCCESSION | RCサクセション ユニバーサルミュージックサイトへのリンク
『多摩蘭坂』を収録したRCサクセションのアルバム『BLUE』(1981)