踊り子 村下孝蔵 〜運命か魔法か〜
村下孝蔵さんの代表曲のひとつ『初恋』と同じアルバムに入っています。案外あぶらが乗って来た・キャリアのついてきた頃の作品なのでしょうか。
本曲のアレンジャーが水谷公生さん。タイトルネーミングの考案に与しているのは須藤晃さん。
等間隔の距離を反復していくベースがきれいなコード進行をしていて、メロディにもおおらかでリズム形の反復がありつつなめらかな美しい曲線美があります。
『踊り子』の主題ですが、踊る能動性と踊らされてしまう受動性の抱き合わせを思わせます。自分の積極的意志、希求・自己実現の行動として踊るのか。あるいは愛とか恋は当事者を盲目的にし、局所的に熱を帯びさせ、長い目でみるとそんな行動をとるのは理に適わないという極端な選択ですら容易にさせてしまう魔法、特別な異常状態であると解釈できる側面もあるでしょう。すなわち魔法に踊らされている。運命の掌で転がされている。そんな主体を離れたところから俯瞰、客観するようなクールさ、理知的な態度、目線の距離感が本曲の儚さとジェントルさに与しています。落ち着きがあって理性的なのに、とてもウェットな抒情にも富んでいるのです。ちょっと来生たかおさんの楽曲や歌とも特長が重なる風情がある、卓越したソングライターだと思います。
踊り子 村下孝蔵 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:村下孝蔵。村下孝蔵のシングル、アルバム『初恋〜浅き夢みし〜』(1983)に収録。
村下孝蔵 踊り子(アルバム『初恋〜浅き夢みし〜』収録)を聴く
多様な楽器の音色がかけあわさって主題の踊り子を表現します。
イントロ、リップリード系のソフトな音色を再現したようなシンセの音色にハープシコード系の音色が重なって、さらにはストリングスの高域もかむさってきます。
ヴァイオリン族の独奏の生楽器が独特の風合いをかもします。ヴィオラなのかチェロなのか?高めのほうも低めのほうも情緒にあふれます。エンディング付近ではコーラス(サビ)とソロ演奏がレイヤーになり、このヴァイオリン族の独奏が主題の踊り子の象徴だったんだと私に納得させます。
エンディング付近のラララのバックグラウンドボーカルのハーモニーやパート別の動きのかけあいもまさに、個々のダンサーが運命を踊るその集合がこの世界・この社会であるのを思わせます。コーラスアレンジが町支寛二さんだといいます。
16分割の猛烈なアルペジオがソフトな音色で定規の目盛りを敷き、プログレッシヴロックみたいなバロック趣味もただよい、楽曲の情緒と相乗して儚さを醸しだします。感情の主体はあっても、それを距離をもって画角にとらえるような冷たい(平熱な)まなざしがあるのが本曲が自己憐憫に溺れない客観的な美しさです。エンディング付近にはピアノの旋律も加わってより多様な踊り子像が団円します。
これら多様なサウンドスケープのなかに必ずやわたしやあなたの映し身がいるのです。
青沼詩郎
参考Wikipedia>踊り子 (村下孝蔵の曲)、初恋〜浅き夢みし〜
『踊り子』を収録した村下孝蔵のアルバム『初恋〜浅き夢みし〜』(1983)
ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『踊り子(村下孝蔵の曲)運命か魔法か【ギター弾き語り・寸評つき】』)