あじさい。なんにでも悪魔を映し見る。ときに花の姿に。

未業のミュージシャン

34歳男の私(執筆時)。4歳からピアノをやっていた。中学生でエレキギターを手にした。地元のアマオケでパーカッションをやった。高校では軽音楽部でバンドをやった。音大に進んで、ピアノと声楽を学んだ。

曲をつくり始めたのは、高校の軽音楽部でバンドをやっていた頃だった。ヘボい曲もいいと思えるものもいろいろ作った。多作ではなかったけれど。

4トラックカセットMTRを手に入れて、ひとりでギターと歌とベースとドラムを重ねて曲をつくり始めたのが高校3年生くらいだった。それからデジタルMTR、パソコンと録音機を渡り歩きつつ録音をつづけている。

商業ミュージシャンになれればと思った。オーディションを受けて入賞したこともあった。それだけだった。

私は結局自分のために音楽をやっている。生きるために必要な糧を音楽で得られればいいと思うけど、それは私にとって二の次だった……というのは言い訳。私が自分のためにつくる音楽が、他者にとってお金を出す価値のないものなのだろう。もちろん、これまでに私の作品やライブにお金を出してくれた人はたくさんいる。だから、「他者にとってお金を出す価値のないもの」は言い過ぎだ。でもその身入りは、専業音楽家として成立しない額だった。それでも私は音楽をやった。今でもやっている。仕事じゃないからやれている? 義務じゃないからやれている? そうかもしれない。そういう自分を変えたいと思ったこともある。変えるためにどれだけ行動できたか? それは、専業ミュージシャンとして未成立の現実を変えるのに満たない行動の質量がために、今の私があるのかもしれない。

私が音楽をやるのは、私のエゴだ。家族に迷惑をかけているに違いない。そういう自虐的なことを言うと、優しい人は「応援している」といってくれる。だから家族だとか身近な関係を保てているのかもしれない。そうじゃなくても、家族は家族だけど。家族以外にも、ほかの人と関わったり、ほかのものごとに費やすこともできたはずのこの身を、命を、私は音楽に投げ打っている。

くるりの解凍 心のなかの悪魔

くるりがずっと好きだ。私が高校生のときに初めて知ったバンドだ。後輩が貸してくれたMDが最初だった。アルバム『TEAM ROCK』が録音されたものだ。それからは、くるりのCDを、金のない高校生の私はツタヤで借りたし、大学生になってからはリリースを追ってその都度買うようにもなった。

くるりの曲・詞、ボーカルを主に担当する岸田繁。彼がツイッターをやっているのを私が知ったのは最近のことだった。フォローしたら、最近の彼の活動のこと、見知りするものごと、考えたことほかが入ってくるようになった。私はいつも興味深く見ている。相変わらずファンでいる自分を自覚したし、くるりフォロワーとしての自分を更新し続けている。

2020年のくるりのリリース、『thaw』。1997年〜2020年の未発表曲が収録されている。その1曲目が『心のなかの悪魔』。

漫画『サターンリターン』『地獄のガールフレンド』などの作者、鳥飼茜の作画によるミュージックビデオ。

一発録りしたリハーサルテイクだという。せーので音を合わせて、あとからの重ね録りはなし。ピアノ、ギター、ベース、ドラム、そして歌。

シンプルな編成に乗って、語られることば。物語にも独白にも聞こえる。

主人公と、悪魔。

一人称の心のなかにその悪魔はいる。それでいて、その悪魔のことを、その身から切り離して見つめる視点がこの曲にはある。

二人称「君」も出てくるけれど、悪魔のことなのか、「僕」と関わる誰かなのか。

先に述べたように、私は人生のいろんなものを棒に振って音楽をやっている。あえてそう自虐的な表現で友人にいうと「そんなことない」と優しく否定してくれる人もある。そう、私が音楽をやることによる、いいことも悪いことも含めたありとあらゆる影響。それも、私の心のなかの「悪魔」だと思う。くるり『心のなかの悪魔』に、私は深く感動した。悪魔と一緒に、私も泣いた。

曲中、ほとんどのシーンでギターもしくはピアノで「ミ」の音が鳴っている。この曲の主調はEメージャー。つまり「ミ」は主音だ。主人公の存在に重ねてみる。2:08頃〜コード進行が変わる。Ⅶ♭のコードであるDを含めた進行。主人公の「ミ」は、そこではナインスの存在になる。このDのコードも、悪魔なのかもしれない。そこで、主人公はやや押しのけられる。端の存在、一時的に取り巻きのような立ち位置になる。でも、いなくなりはしない。…いや、主人公は悪魔かもしれない。主音のミが悪魔。それ以外の構成音の中に、「僕」が含まれてもいる。僕と悪魔は、常に反転しうるのだ。

売るのを第一の目的としない音楽を、私はずっとやってきた。出会ってきた人のなかには、音源を買うとかライブに来るとか、時に金銭の見返りを伴う形で評価してくれる人だって、もちろんいた。でも、(音楽を通して私がやりたい)いちばんのものは、私が自分の心のなかの悪魔と向き合うことだった。作曲や録音といった音楽に関わる活動を通して、私は自分の心のなかの悪魔と向き合った。これからもきっと、そうしていく。そもそも、その活動に伴って随時、悪魔が生まれるという循環もある。矛盾か、禅問答か。私にとっての悪魔は、非売品の音楽の代償なのかもしれない。

青沼詩郎

参考

くるり
http://www.quruli.net/

『thaw』セルフライナーノーツ くるり official note
https://note.com/quruli/n/n575055439251

『心のなかの悪魔』を収録したアルバム、くるり『thaw』(2020)

鳥飼茜の漫画『サターンリターン』(小学館、2019〜)

ご笑覧ください 心のなかの悪魔 カバー