映像 ディック・ミネ
「この人 ショー」という字幕。オケをステージうしろに背負ってディック・ミネが歌います。横に立ち間奏のソロトランペットに南里雄一郎。間奏明けはそのままオブリガードをディック・ミネのとなりで吹きつづけます。彼の肩に手を置いて笑顔を見せながら歌うディック・ミネ。ふたりのミュージシャンシップを感じる映像です。
曲について
作詞:Sam M. Lewis、Joseph Young。作曲:Harry Akst。1925年発表。
中野忠晴とコロムビア・リズムボーイズ with コロムビア・ジャズ・バンド
学校チャイムのようなオープニング。ミュートのトランペットでイントロ。鳥の鳴き声がところどころきこえます。「ダイナ、きかせてちょうだいな」の押韻です。「コロムビア ジャズバンド」「コロムビア リズムボーイズ」と文字入れで紹介される演奏陣。バンドが前者、コーラス・グループが後者でしょうか。「Uhm」とうなずきのような合いの手をするボーカルが入ります。「ダイナ 歌ってちょうだいな 踊ってちょうだいな 今宵の月に」歌詞が捨て置けません。
日本ではじめに『ダイナ』を演ったのがこの人たちのようです。訳詞は中野忠晴。
ディック・ミネ『ダイナ』を聴く
左にピアノ、右にドラムス、中央にベース。
ボーカルはちょっと鼻腔を詰めたようなトーン。「わたしの恋人」など、日本語詞の載せ方に緩急あります。ビブラートの幅が大きめ。
むこうのほうにスーっとストリングスが降りてくるよう。Ⅵmの主音から半音下行させる高音弦。
間奏は右にトロンボーン。左にトランペット。まんなかにクラリネットが合いの手します。イヤホンで聴くと定位がはっきりしています。大きいステージに3人のキャスト(トランペット、トロンボーン、クラリネット)が散って演奏している感じの音像です。
間奏明けはドラムスがドコドコとわめき立ちテンポチェンジ。速まった新しいテンポのキック4つ打ちにのせてスネア・タムのフィルイン。歌詞は英語に変わりました。間奏の3キャストが引き続き残りボーカルと競り合い・譲り合います。駆け抜けて一気にエンディング。
日本語詞はディック・ミネ本人によります。ことばづかいはやや、いかめしい感じ。日本で『ダイナ』を最も有名にした人でしょうか。
Eddie Cantor『Dinah』を聴く
「ダイナ」という主イメージ。ディック・ミネが歌い出しに用いたこのフレーズはこちらのエディ・カンターのものでは始まっておよそ30秒後に来ます。ガチャガチャと渾然一体となった音像。モノラル音源でしょうか。ストリングス、ブラス、打楽器類にコーラスと盛り沢山。
後半が急いていくアレンジはここでも確認できます。というかむしろディック・ミネがこちらに倣ったのが順番でしょうか。2段階くらいに急いている? 1度目が1:18頃、2度目が1:53頃? ラストはほぼ「バイテン(倍のテンポ)」です。
1925年にエディ・カンター主演のミュージカル(『Kid Boots』)で『Dinah』はパフォーマンスされたようです。曲の初めての発表が同年のようですが、それが誰により、どのような形だったのかわかりません。エディ・カンター主演のミュージカルのために書き下ろされたという記述が見つかるわけでもなく……エディ・カンターが『Dinah』を初めて2次的に有名にしたパフォーマーということなのでしょうか。これ以降、数多のミュージシャンにカバーされています。ジャズマンに特に気に入られているような? チェット・ベイカー、ルイ・アームストロングなど私の好きなミュージシャンもカバーしています。
Louis Armstrong『Dinah』を聴く
“Dinah Lee(ダイナ・リー)” 以外ほとんど何を歌っているかわかりません(笑)。ふんだんにフェイク。あとは器楽です。でもサッチモ・ヴォイスが聴けて嬉しい。トランペットは高らかです。ルイ・アームストロングのThe・これサウンドでしょうか。
韻がすごい歌詞
“Dinah, Is there anyone finer
In the state of Carolina?
If there is and you know her”
“Dinah, Should you wander to China
I would hop an ocean liner”
(『Dinah』より、作詞:Sam M. Lewis、Joseph Young)
“ah” “er” “na” と、各文のおしりがよく似た発音です。カタカナで表記してしまうのをお許しいただければ、ア、アーとほとんどそろっている印象です(脚韻)。
“Dinah, with her Dixie eyes blazin‘
How I love to sit and gazin‘
To the eyes of Dinah Lee”
(『Dinah』より、作詞:Sam M. Lewis、Joseph Young)
「〜azin」の脚韻も。おまけに“Dixie” “sit” “Lee”など、「イ」「イー」と口を横にひっぱる系の響きで揃えてもいます。
Bメロっぽい部分も押韻ばっちり。
“Every night why do I shake with fright?
Because my Dinah might change her mind about me”
(『Dinah』より、作詞:Sam M. Lewis、Joseph Young)
「i(アイ)」の響きでたたみかけます。波状のリズムが生まれます。
押韻に導かれる言葉の意味にも一定の方向が与えられています。要はダイナ・リーにぞっこんなのですね。こんな洒落た恋の歌で求められたら、イイかな……ってなってくれません?(逆効果?)
「Dinah might」の部分が「Dynamite」のように響くところが特に好き。日本人の私にはdynamiteは爆発物を意味するイメージですが、「刺激的ですばらしいもの」といったニュアンスもあるようです。最上位のホメ表現ではないでしょうか。
ディック・ミネの歌い出しのメロディ
Fメージャーキーでパフォーマンスしているディック・ミネ。歌い出しの旋律がⅴ(第5音)(in Fなら「ド」)からはじまるところが妙だなと思います。ⅵ(レ)に上がって、ドに戻ってそこからオクターブ上まで駆け上がります。ペンタトニックスケール。ヨナ抜き音階を用いています。Fキーなら「ミ」「シ♭」を抜く音階です。主音や第3音を歌い出しに用いると調性がはっきりしやすいですが、そのぶん出鼻から既視感や冗長感が高まる可能性もあります。洒落た押韻の豊かな歌詞にふさわしい「ハズし」の歌い出しではないでしょうか。素敵です。
雑感、後記 押韻の気持ちよさ
韻をふむ気持ちよさは地域も時代も越えるのですね。『Dinah』が発表されたという1925年……私がこの記事を書いたのは2020年代ですが、もうすこしで100年です。
最近、細野晴臣の『ろっかばいまいべいびい』を鑑賞したのですが、「ダイナ」という歌詞が出てきます。この曲を意識しての意中の相手の表現でしょうか。
大滝詠一も日本のポップスを語るラジオで『Dinah』を紹介していたのを聴いたことがあります(オンタイムではなくYouTubeにあったものを聴いたのですが)。
そんなわけで、私の中で『Dinah』への意識・注目が高まる動機が複数重なるのを感じ、焦点を当ててみました。味わってみると、なんと韻の気持ち良いこと。
テーマはシンプルに恋。意中の相手の素敵さ、寄せる思いを歌うのはポップスのテーマの真ん中。浅いようでこれ以上ないのでは。恋や愛を拡大解釈すれば、すべてを含んだ真理ともいえそうです。主題がシンプルで普遍的なものであるほどに、表現の末端において独自性や個性を出しやすそうにも思えます。カバーに好まれる理由のひとつでしょうか。
蛇足ですが、ミネさんはダイナマイト・ディックだそうです(参考Wikipedia)。蛇でも足でもないですが……失礼御免。
青沼詩郎
ディック・ミネの『ダイナ/DINAH』を収録した『ディック・ミネ ゴールデン★ベスト』
ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『Dinah 弾き語り』)