作詞・作曲:Lennon-McCartney。The Beatlesのアルバム『A Hard Day’s Night』(1964)に収録。楽曲と同名の映画のテーマ曲。

リスニング・メモ

天才かって思う楽曲。上記Spotifyリンクはリマスター音源ですがオリジナルの発表当時の時代を思うに定位づけに関してはバンドメンバーの意思と距離があるところで決められたのかなと想像します。

ちょっと左が重めですね。いや、かなりか。ベースとドラムスとエレキギターはほとんど左トラック寄り。右には、ジョンのボーカルの残像が広がって感じるのと、アコギ。そして猛烈なパーカッション。ラテンパーカスにしては「パカパカ」と喧騒のある強さよりも、「ポコポコ」いうかろみを感じるのでなんの楽器かと思いましたがリンゴの演奏するボンゴのようです。いずれにしてもストロークがモーレツ。カウベルも彼が演奏しています。アタマ(オモテ拍)を明確にして、疾走してどこかへ行ってしまいそうなビートの沿道に標識を打ち込みます。

左が重いおかげか、右側の空間のあそびの多さで飽和することなく歌が聴きやすいマスターになっています。どんな年代に発売されたリイシューか、本物のオリジナルのアナログ盤か、それらをどんな環境で聴くかで同一の楽曲『A Hard Day’s Night』の印象も千変万化しそうです。ビートルズが沼な一因か。

イントロのガーーーーーーン!の和声。末尾にリンクしたWikipediaをみるに、古今東西の研究家がこの和音を究めようとしている様子がわかります。私の手元のありふれたイヤホンでこのリマスター音源を聴き取ってピアノの鍵盤のうえで探ってみると、低い方から「D D F C D G」あたりを重ねると、バンドがいっぺんに鳴らしている実音の響きに割と近づくかなと感じました。

図:The Beatles『A Hard Day’s Night』イントロのインパクトなハーモニーに感じた私の第一印象の採譜例。

ピアノ、ギター(複数)がかさなっている響きであるのは聴けば明らかですので、一本のギターや一台のピアノで再現しようというのがそもそも無理。(もちろんその努力を極めるのも一興ですが)

第3音を除外したような空虚なロックな響きだな〜と感じました(Dの低音に対してFも感じるので、実際はOmitの響きとはいえませんが、方向性として)。低音にDを感じますし、Gキーのこの楽曲において、この和音の本質はドミナントだと感じたのですが……でもナチュラルFが謎? もうちょっといえば、Ⅴ7sus4と高めの音域での♭Ⅶ6を重ね合わせて同時に鳴らしてしまったような感じでしょうか。革新的でシビれます。ギター1本で鳴らすならD7sus4の押さえ方で私の感じる和音機能面での雰囲気が出ます。トップノートのGが出ると良い感じか。(低いほうからD、A、C、G)

図:ギターで弾くD7sus4。G調でつかうとき限定進行音(F#)がないので、私の思う「もどかしい半端な響き」の味わいが出せます。

……と自分の感性を頼りつつも疑い、諸説いわれる中のG7sus4をギターでガンと一発鳴らしてみるとこれこの響きあり、「これぞ」という感じ。(もう正解とかどうでもいいか……)

図:ギターで弾くG7sus4。第3音(B)がいないので、やっぱりキャラの定まらない浮いた響きがして魅力的。GとD(6弦・5弦)が成す完全5度と、FとC(4弦・3弦)が成す完全5度と、DとG(2弦・1弦)が成す完全4度の同居がもう倍音祭りでタマラナイ。

複数のメンバーの出すそれぞれの楽器の倍音祭りが、楽曲の発表後長くに渡ってユーザーを楽しませているのを思います。特に「あーだこーだ言いたい人」(含む私)にも好かれてしまうビートルズよ。途方もないバンドです。

ボーカルの熱量がすごいです(もちろんオケも)。間奏に入る前のシャウト! ポジション高いミドルエイト部分の歌唱はポールだそう。曲をつくった(楽曲に含まれるその部分の作曲を実際に担当した)メンバーがその曲(その部分)を歌う、はビートルズの基本方針ですが、『A Hard Day’s Night』はミドルエイト含めジョンが作曲したものとのこと。もちろん作曲名義はレノン=マッカートニーです。

図:The Beatles『A Hard Day’s Night』ミドルエイトの採譜例。ヴァースの音域(“It’s been a……”)と比べるとポジションの高さが一段違う印象を受けます。ヴァースくらいの音域がちょうど良い声域の人が独りで全て歌うのはキツいですが、ビートルズとしてバンドで演奏すると爆発力が跳ね上がります。ポールとジョンの声域の違いが活きるのです。バンドって素敵。

楽曲の発想元になったのはリンゴ語録で、彼の言葉づかいの特徴、ちょっとおかしな風合いをメンバーがおもしろがる、というのがビートルズナンバーを最終的な形にはこぶひとつのきっかけになることが諸々あるようで、このア・ハード・デイズ・ナイトもそうしたもののひとつ。「ナイト」をこの言葉づかいのお尻につけちゃうのは、文法(言葉づかい?)としてちょっと「ヘンテコ」なようです。偶然口からこぼれたモチーフを面白がって、ごろごろ転がして曲にしちゃう。ソングライターのやるべき所作であり、言われなくてもやってしまう曲作りのおもしろみだと思います。

とにかく人気で忙しくてキツいと。でも君がいるところに帰ればその限りでない……シンプルな構図の歌詞のつくりを思います。バンドの内側の勢いと外側の勢いが乗数でかけあわさったような楽曲。人気の渦中の彼らがライブでファンの前でこれを演奏したならばそれは自分の演奏が聴こえなくなるくらいに歓声がわくのも理解しうる……ビートルズならば、です。

間奏の怪しいサウンドはピアノと、複弦系の棹もの楽器が合わさってオクターブユニゾンになったような音色に感じます。ハンマリングでしゃくりあげるこまかいフレージングが印象的。低音とセブンスの関係になる音づかいがスパイシーでビートルズっぽい、ロックの教科書に載せたい響きです。12弦ギターの演奏はジョージ、ピアノはプロデューサーのジョージ・マーティン……ビートルズは周辺情報が豊富でファンがうろうろする基盤が出来ているのを思います。

図:The Beatles『A Hard Day’s Night』間奏のモチーフの採譜例。複弦ギターとピアノのユニゾンの音域的には3オクターブにまたがっているでしょうか。16分音符のところは楽曲中もっとも濃ゆい1小節かもしれません。

ヴァースの折り返し?というのか、呼び方がわかりませんがコードがC→D→G、F、G……となるところの怒涛の半音づかいのボーカルメロディが天才的だと思います。なんだこれ、どうやったら思いつくの?、こんなん。演奏のテンションも狂乱し、爆裂します。ハードにキマってる。

図:The Beatles『A Hard Day’s Night』歌い出して8〜9小節目あたりのボーカルメロの採譜例。フレーズはじまりの一瞬の2度のぶつかりと、3度関係の調和が短時間で化学反応を起こして発熱しているみたいです。こういう生々しくてDirtyな響きが欲しかったんだよ! ビートルズに熱狂する若者世代と、その様子を眉を歪めて見ていた親世代、みたいな賛否の共存する構図をそのまま映したようなボーカルモチーフです。ぐちゃっと感のある、混沌とした響き。音形の頂点と出口ではハーモニー的に調和しているのに、半音でじわっとのぼって下りる音形がセンセーショナルな汚さなのです。骨が溶けてそのままドロドロのスープになっちゃった豚骨ラーメンみたいな魅力。これが欲しかったのよ。

青沼詩郎

参考Wikipedia>ア・ハード・デイズ・ナイト (曲)

The Beatles ユニバーサルミュージックジャパンサイト

歌詞と曲の概要の参考サイト 世界の民謡・童謡>A Hard Day’s Night 歌詞の意味・和訳 ビートルズ主演映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」テーマ曲 楽曲がつくられる経緯、歌詞の「キツイ」「でも君がいれば」の対立構図がすっきり見られる記事です。

『A Hard Day’s Night』を収録した同名のThe Beatlesのアルバム(オリジナル発売年:1964)