バレンタインの挙動不審

バレンタインの日に学校があるなどすると緊張してしまう小学生とか中学生時代のことを思い出します。もらえるのかもらえないのかのわからなさに、そわそわさせられてしまうのです。

未知数、未定というのは人を緊張させるのですね。成功するか失敗するかわからない大きなライブステージの前なんてのも、演奏者を緊張させがちなのと似ているかもしれません。未来、結末の「わからなさ」がヒトは怖いのでしょう。いえ、「ヒト」と括る大袈裟よ、単に私個人に起こりがちな事象かもわかりません。

わからないから面白いとも思います。わかっていることが知っている通りに実現しても、「ああ、はいはい」「その通りになったね」です。

もちろん、細心の注意をそそぎ、周到に準備のために努力を尽くして、計画したことが意図した通りに運ぶことも人生の最たる喜びだとも思います。「プログラミング」って、結構そういうものかもなと思います。仕組んだことが、仕組んだ通りに働く面白さです。

演奏にはノイズが入ります。意図の外側が入るのです。観客や、環境がもたらす、音楽の外側の意図、生理現象が録音作品に入り込むのです。演奏者のミスも生理現象の一部みたいなものかもしれません。そういう意味では、生演奏って、「わからなさ」が入りこむのです。だから面白い。頭の中に思い描いた音はあれど、実現するものが必ずしもそれとは異なるものになる。そのことは悔しさでもあるかもしれません。あるいは、思った通り以上、作り手の想像を超えたものを生み出す道理でもあるでしょう。

バレンタインデーも、そういう意味では創造的で刺激的なイベントなのかもしれません。

ところで大瀧さんが楽曲『ブルー・ヴァレンタイン・デイ』で描くのは、悲観的な見通しです。「もらえるかもらえないかのわからなさ」なんてのは、わずかでも希望のあるものの贅沢なスリルなのかもしれません。そもそも、絶対ありえないんだと。ブルーならまだいいが、ブラック・バレンタイン・デイくらいのイメージがあっても然りでしょう。ひねくれたり、くやしく思ったりするのもまだ関わりのある方で、もはや別の次元で起こっていることで、感知すらせずにいつも通りに自分の命題にせっせと勤しむのがバレンタインデーの裏側といいますか、その人にとってのいつもの2月14日なのかもしれません。打ち消しの[un] valentine’s day?(語法、合ってる?) そもそも存在しないのです……。

現代の中学生なんかはどんなふうに過ごすのでしょう。学校にダメっていわれて何もないのが普通? 私は男子として中学生時代を過ごしましたが、女子だったらどんな気持ちで過ごしたんだろう。友チョコとかフランクに交換しまくる感じもまだ希薄な時代だった気がします。

例えばチョコをあげたい人がいて、向こうは「どんな人から、14日のうちの何時何分にもらえるか、あるいはもらえないかもわからない」と思っていたり、あるいは「いかなる人からも、自分がもらえるわけなどあるはずがない」と思っていたりするわけです。そんな人に、こちらからあげるタイミングを図って突撃するのもめちゃくちゃ緊張しそうに思います。

喜んでもらえたり、気持ちを伝えられて嬉しく思えればハッピーですが、口から心臓が出そうな緊張とか不安とか、ブルーとかわずらわしさとかいろんなものを生んでいるであろうことを思うと、バレンタインデーというやつはなかなか難儀な儀式だなとも思ってしまします。感知(関知)しないのが吉というのも道理でしょう。ま、楽しめれば最高です。

食べたい物は食べたい時に自分で調達して食べる(負け惜しみじみて響く心外)

曲についての名義、概要など

作詞・作曲:大瀧詠一。大滝詠一のアルバム『NIAGARA CALENDAR』(1977)に収録。シングルバージョン(1978)あり。

Blue Valentine’s Day(NIAGARA CALENDAR ’78収録)を聴く

個人の心のなかの憂鬱な気持ちを表現するとなると、内向的なものにもなりえると思うのですが、オルガンがゆらめき、ストリングスが鬱屈とした気持ちを天に向かって昇華し、ハーモニカがやさしく寄り添うように暖かいニュアンスを潤沢に添えます。12弦アコギのワイドで絢爛なストロークは鬱屈とした気持ちの裏返し、理想と躍動する幸せな気持ちを高らかに歌うかのよう。漂うスティールギターは不安な気持ちの象徴のようでもあります。トコトコとは羽のように軽いトーンのボンゴが現実と隣あわせの楽園感をスティールのポルタメントとともに演出します。

『スピーチ・バルーン』を思い出させる、豹変する和声が革新的です。うわ、そっち行く?!と振り回されてしまう。主人公の気持ちをほんろうする、想いの矢先にある女の子の表現でしょうか。きっと“僕”はガクガクブンブンと天に昇ったり地に堕ちたりするのです、“君”にまつわる因子のひとつぶひとつぶによって。

滑らかで穏やかな歌唱は、諦観を思わせもします。“僕”は2月14日だろうとなんだろうと、命題の音楽に勤しむだけなのです。主人公のリッチでハッピーなブルー。

青沼詩郎

参考Wikipedia>NIAGARA CALENDAR

参考歌詞サイト 歌ネット>Blue Valentine’s Day

大滝詠一 ソニーミュージックサイトへのリンク

『Blue Valentine’s Day』を収録した大滝詠一のアルバム『NIAGARA CALENDAR 30th Anniversary Edition』(2008年、オリジナル発売:1977年)。定位を逆にしてしまったという’78バージョンとそれを直した’81バージョンの両方を収録。

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『ブルー・ヴァレンタイン・デイ(大滝詠一』)