この人の歌はなんて感情を揺さぶるんだろう。

歌詞なんて、私には「へい、みすたーたんぶりんまん ぷれいあそんぐふぉーみー」くらいしか聴き取れない。それで十二分に感動する。いや、十五分か二十分くらい感動して引き続きいまもこんな文を書き始めるまでに三十分か六十分くらい夢中になってしまった。

ハーモニカはまるで風。これもまた私の心を揺さぶる。

細かい工夫が私をさらに引き込む。

この曲、ギターのチューニングをレギュラーから変えている。

6弦を全音下げている。それで、カポタスト(※)を用いて、「D」のローコードが主和音のコードポジションになるようにしている。曲のキーは、貼付けた動画の演奏はE、この曲の入ったBob Dylanのオリジナルのアルバム『Bringing it All Back Home』(1965)ではFになっている。ライブ動画のほうでは、全弦半音下げチューニングにしたのち、カポタストを3フレットに装着+6弦を全音下げにしているようである。

変則チューニング+カポタストによって、いちばん太い弦である6弦の開放弦が曲の調における主音になる。

特にボブ・ディランが多用するアコースティック・ギターによる3コードのローポジションを中心にした演奏においては、ギターの低いポジションの「主音」は、鳴りっぱなしでもいいくらいだ。「主音の低音保続」みたいな効果が狙える。もちろん、低い主音が邪魔になるコードのときはきちんとミュートしてもいい。

この変則チューニング+カポタストによるギターの響きはこの曲の支えの中心だ、何しろ弾き語りだし(オリジナル音源ではエレキギターが足してある)。この独特の宙に浮いたような気持ちいい響きのからくりは、こうしたちょっとした工夫や小道具によって実現している。

『Mr. Tambourine Man』のモデルはBruce Langhorneという人らしい。Bob Dylanとミュージシャン同士として親交のある人なのだろう。

フレームドラムという、木の丸枠に皮を張っただけの原始的な楽器がある。その見た目は、しゃらしゃら鳴る金属の部分がついていないという点以外はまるでタンバリンだ。Bruce Langhorneがそれを持っているところを形容してBob Dylanは「Mr. Tambourine Man」と表現したのかもしれない。

繰り返すが、歌詞は標題の部分周辺以外はほとんど私は聴き取れなかったと言ったが、それで十分伝わるもの、いや、感じるもの……いやいや、湧き起こるものがある。Bob Dylanと、Bruce Langhorneのミュージシャン・シップの歌なのだと、そう思うだけで私は、この曲からただならぬ親愛の文脈を感じる。

調べてみるとフレームドラムというのはすごく魅力的な楽器だった。インチによって、まるで違った音がする。小口径なものだと、はっぴいえんど『はいからはくち』で聴けるコロンとしたコンガの音色にも似た軽妙な音が聴けるし、大口径のものではまるで遠くの幹線道路を大型トラックが疾走するような”うなり”まで表現できる(これは、指で皮をこすって微振動を与え、皮と枠を共鳴させる奏法)。

魅力的な演奏をする。Bruce Langhorneではない

Bruce Langhorneは太鼓以外にもギター類を演奏するミュージシャンだったようだ。2017年に亡くなっている。

いわずもがな、『Mr. Tambourine Man』はThe Byrdsのデビュー(カバー)としても有名。

青沼詩郎

※ギターの指板と弦をバネ等の力で強くはさみ、常にその部分のフレット中を指で押さえ続けているかのような力を加えて保つ小道具。「押さえ続けているかのような」というか、弦の長さを仮想的に短くさせて開放弦の音を高くさせる小道具というか。よりハイテンションなローコードの開放弦のサウンドをいろんなキーで実現させてくれるので、私も重宝している。ゴムバンドの力を利用したものもあり、それには安価なものが多く私も高校生のときに使っていたが今は金属のバネによるクリップ式のものに落ち着いている。取り付け・取り外しがしにくいスクリュー式もある。試したら使いづらかったのでこちらは私は購入したことがない。