肯定に勝る否定
たたみかけるフックのあるリズムで「ちがうちがうっ!」と耳に残ります。折り返しのときは「ちがうちーがう」、とリズムを変えて「ちがうちがう」を反復します。この独特のおぼえやすい単純さと耳に残る粘着性の塩梅が、リリースから10年や20年単位の時間が経過したのちでもネットミームとして歓迎される一因ではないでしょうか。生活臭あふれる街のそのへんに迂闊にうろうろはしていなさそうな鈴木雅之さんの独特の華のあるルックス・存在感のイメージ、きらびやかで艶に満ちた歌唱そのもの、そして本曲の原曲のプログラミングを果敢に用いた挑戦的なサウンドが楽曲の耐用性をさらに強いものに押し上げます。
否定形でものを描くと、ふつうはボヤつきます。「否定」でものをいうなら、では肯定でそれを表現するならなんなのですか?という話になる。それを射抜くのが作詞のウデなのです。ところが本曲はその作詞の真っ赤な海の盲点を逆手にとり印象づけた発明ではないでしょうか。否定形を用いた曲というコード(きまり)に沿ってヒットソングをコレクションすればそれはそれで相当数見つかるとは思いますが、本曲は「違う、そうじゃない」自体が主題になっており、否定形をあえて歌詞に用いる最強の免罪符を手に入れているのです。あえて否定形を歌詞にもちいるならばそれ相応の、誰もが納得しうる理由(肯定形で表現する努力をさしおいてもその部分の否定形を許容する理由)が明確に察することができるのはひとつの条件といえましょう。もちろんそうした理屈を一蹴する直感や勘が導く未洗練こそがポップソングのありがたがるべきアイデンティティでもあり、本曲には頭で肯定形やそれに勝る否定形を論理的に闘わせた結果導き出される以上のスピード感を持ってリスナーに届く偶然の稀少性を感じもします(ポロっと出た奇跡の鼻歌、みたいな……)。
違う、そうじゃない 鈴木雅之 曲の名義、発表の概要
作詞:朝水彼方、作曲・編曲:中崎英也。鈴木雅之のシングル、アルバム『She・See・Sea』(1994)に収録。
鈴木雅之 違う、そうじゃないを聴く
マーチンさん(愛称で失礼します)の無敵のボーカルがあばれまくります。オケがほとんどこれ、打ち込みでしょうか。カツンと轟くリズムトラック、ベースはシンセベースのサウンドです。ブラスの音色も華やかですがデフォルメがきいていて、良い意味で平面的。ホワンと漂い、未来的なニューエイジ的な音色のシンセも良い塩梅です。
そう、鈴木雅之さんのリードボーカル以外の、オケのベーシックが良い意味で平面的なので、鈴木雅之さんのボーカルの肉体性がなまなましくつやめいて、前面にぐいっと出るコントラストが完璧なまでにデザインされて感じるのです。バックグラウンドボーカルは華やかですが、サウンド的にはサイドへの広がり、あるいはリードボーカルの奥にいる前後関係が感じられ、補佐であり主従関係がうかがえます。
オブリガードのリードトーンのエレキギターは平面的なオケトラックのなかでは花形です。プレイヤーの演奏を収録したものでしょう。演奏担当は作曲・編曲者自身の中崎英也さんでしょうか。
プログラミングによるオケはダイナミクスがパコンと暴れないという意味に限って平面的なのであって、サウンドはもう飽和するぐらいに物量に満ちて豊かです。間断ない中毒的な情報量に満ちている。この特長も、2022年頃〜?にネットミームとして歓迎されるべき資質を備えていたと解釈できます。
大サビに突入する直前の間奏のところで、何やら警察か何かの緊急車両を思わせるサイレンが左右の定位を横切ります。また、その車が誰かさんをショッぴいて去っていくみたいな謎の轟音も定位を渡っていき、大サビ「てのひらがえしなんて……」のセクションに入っていきます。
大サビを経てのサビ回帰は「ちがうちがうちがうちがう」……との具合に「違う」の回数が最高潮に。楽曲の最強かつ主たるモチーフの変奏でイジリ倒してくれる、変化に富む雑多な印象も2010〜2020年代くらいにかけてのガチャガチャした感じのJ-POP一群の印象と意匠面での親和性が高いです。90年代のうちに未来を予見していたみたい。そのサングラス越しに未来を見ていたんですね??マーチン先生一味よ……
そうじゃないの「そう」がひっくりかえると「うそ」になります。サビはじまりのち、1コーラス目のメロサビを消化し、2コーラス目のサビは「違う違う、嘘じゃ 嘘じゃない」と歌詞が変わります。「そう」じゃないならなんなのか? 嘘なのか?と詰め寄られて、違う違う、「嘘(うそ)」なのでもないと取り繕う。そうじゃないし、嘘でもないなら「どう」なのだ。もう“ひざまずきそうさ”。唇をふさいでしまえ。
青沼詩郎
参考Wikipedia>違う、そうじゃない、She・See・Sea
鈴木雅之 MASAYUKI SUZUKI Official Websiteへのリンク
シングル『違う、そうじゃない』(1994)。菊池桃子さんとのデュエット『渋谷で5時』との両A面。
『違う、そうじゃない』を収録した鈴木雅之のアルバム『She・See・Sea』(1994)