
ゴールデンカムイと縄文ZINE
『ゴールデンカムイ』の名前をやたら聞く時期があった。野田サトル原作の漫画(2014年〜、週刊ヤングジャンプ、集英社)なのだけれど、それがすごく売れて話題になっていた。最初は「へぇ、なんの話だろう」くらいに思っていた。名前についた「ゴールデン」は、デカくておおげさにも響く。それから「カムイ」は…なんだろう、よくわからないけれど、東洋的で、こちらも歴史譚や英雄譚を思わせる響きだ。そのふたつの語があわさったタイトル、「ゴールデンカムイ」。
アニメーションがあったので鑑賞してみる。ハマってしまった。
ある時期、私は縄文時代に関心を寄せていた。きっかけはなんだったっけかな…忘れちゃったけれど、私の住む西東京市には「南関東一」と市がいっしょうけんめいアピールする縄文遺跡がある。下野谷遺跡だ。地元にそんなのがあるから、いつ関心を抱いてもおかしくない状態に私はあった。(いつまでも関心を抱かなくてもなんの不思議もないが)
縄文に興味が湧いたところで、『縄文ZINE』という遊んだタイトルのマガジンを作って発行してしまっている愉快な人がいることを知る。取り寄せて読んでみる。
そこには、縄文時代とアイヌを結びつける着眼点で、『ゴールデンカムイ』作者の野田サトルの特集ページがあった。ここで冒頭の話とつながってくる。
縄文時代はとても長くつづいた。狩猟採集のくらし。で、アイヌも狩猟採集のくらし。そこに共通点を見出した企画がさきほどの『縄文ZINE』のゴールデンカムイフューチャーの企画だったと記憶している。で、アイヌは縄文と共通点を見出せる狩猟・採集のくらしを、もっとも近代まで、しかもこの国でしていた人たちなのだという論点が紹介されていた。私の『ゴールデンカムイ』へ抱いた当初のリアクション「へぇ」はいつしか「なるほど」「むむむ」「おもしろそう」と変わっていった。
正直、そういう風に私の関心事がつながっていった時系列に関する私の記憶はあいまいだ。ゴールデンカムイ、縄文、アイヌへの興味、その探索・情報収集は並列しておこなった。どこに同時性があるのか私もわからない。テキトーに聞き流してほしい。
eastern youth 〜未開催の夏フェスたちとYouTube〜
今朝、YouTubeを観ていた。
夏、夏、夏。フェスの夏…のはずだったろうに、今年は新型ウイルスによる感染症まんえん防止の観点でどれも未開催となった。
かわりといってはなんだが、積極的に過去のアーカイブを各フェスが発信しているように見える。
そんな中で巡り会った動画がeastern youth。
サムネイルの、パッカリと開いた歌い手の口、メガネ、スキンヘッド。絵面がばっちりすぎる。インパクトで意識喪失するかと。
泥臭い歌が良い。多動すぎるクレイジーなベース…ん、女性だったのか。朴訥としたドラムスも良い。スリーピースだったのか。
eastern youthの名前はもちろん知っていた。
その音楽を、きちんと意識するきっかけだったのが、アニメ『ゴールデンカムイ』のテーマソングになっていた『時計台の鐘』(2018)だ。
こちらもやはり泥臭くてすごく良いなと思っていた。語彙が陳腐で申し訳ない。ごく実直に、カッコイイなと思ったのだ。
そうして知っていたeastern youthが、今朝私の前に2018年のフジロック出演時のライブ動画『夏の日の午後』(『旅路ニ季節ガ燃エ落チル』収録、1998年リリース)で私の前に現れてくれた。なんて素敵な。
「ボイス」担当の吉野寿、ドラムス田森篤哉は北海道出身。なるほど、ゴールデンカムイへの起用理由がそこに見える。もちろんほかにもあるだろう。現ベーシストの村岡ゆかの加入は2015年。バンドの結成は1988年、札幌にて。
eastern youthの近況
eastern youthは19日、アルバム『2020』をリリース。収録のトップソング『今日も続いてゆく』MVが公開中。アルバムリリースは2017年『SONGentoJIYU』以来か。
裸足の音楽社(eastern youth)
http://www.hadashino-ongakusha.jp/index.html
青沼詩郎