歴史と今の気持ち

歴史が全然頭に入りません。昔から歴史の勉強が苦手でした。

興味はあるのです。歴史を学ぶことは、私に有益だ! という意識はあるのです。成長欲求が私にはあります。

高校3年生の頃、私は世界史の授業を選択しました。歴史を学び、成長する自分を思い描いたのです。

テストでひどい点をとりました。一度や二度でなく、とり続けたのだと思います。

世界史の先生に、まじまじと言われました。「なんで世界史の授業をとったんだ」、と。

選択授業だったので、私にとって必須でなかったのです。必須、というのも、大学受験のために必要かどうかという意味です。私の進学先の希望は音楽大学であり、世界史は受験科目になかったのです。それをふまえて、世界史の先生は「あなたの受験科目としては世界史は必要ないのに、なんでこんなにひどい点をとりつづけるありさまのモチベーションでわざわざ世界史をとったのですか」という意味あいで、「なんで世界史をとったのか」と嘆くように私に投げかけたのだと思います。

いまだにこんな些細な場面を記憶しているのは、当時の私にとってよほどショックな嘆きだったのでしょうか。

当時の私はむしろへっちゃらで、なんとも思っていなかった気がします。でも、呆れられたというか、諦められたような心根から来ていそうな先生のひとことは、やっぱり案外ショックだったのかもしれません。

現在の私は、「学問としての歴史が得意」だなんて全身を雑巾みたいに絞られようと決して言えませんが、音楽との接点をふまえて記憶のなかに歴史上の出来事をタグづけるのは好きですし、面白みのあること、と感じることができています。「歴史上の出来事」なんていうとおおげさですが、単にその頃の社会の様子とか文明の度合いや生活の様子とかそんなようなものと、当時発表されたり大衆に受容されたりした楽曲をひもづけるおもしろみを少しずつ理解しはじめたのです。

高校生の私にとって世界史の授業を履修したのは背伸びだったかもしれません。今の私が当時の世界史の授業を受けようものなら、あの頃よりもいくぶん、「ああ、この頃はあんな楽曲やこんな楽曲が出た頃だなぁ」という「ひもづき」をエネルギーに、意欲的に学べるのじゃないかと、ありえないifを想像しています。

といっても、いまの私といえば概ね1960年代以降くらいの日本の歌もの音楽ばかりを聴いて、その当時の人々の価値観とかを想像して楽しんでいる範囲にすぎず、世界の何世紀も前からの歴史を学ぼうとしたところで、「あ、この時代は…………まだレコードもCDもない。。」となるのがオチかもしれません。何世紀も前からの歴史と音楽をひもづけるには、クラシックマニアになれたらずいぶんましなのかも。歌もの音楽馬鹿の今の私にはまだいくぶん背伸びか……いえいえ、思い立ったらやるときです。

裸足の季節 曲についての概要など

作詞:三浦徳子、作曲:小田裕一郎、編曲:信田かずお。松田聖子のシングル、アルバム『SQUALL』(1980)に収録。

裸足の季節を聴く

青くはつらつとしているのに、それでいてこの歌唱の完成度はなんでしょう。異常です。エネルギッシュに伸び、艶やかに、安定してコシのあるビブラートがかかってくる松田聖子さんの歌唱。

ベースの16分割の装飾的なひっかけかた。ときおり、スラップのような効果的な表情を抑制のきいたトーンで放り込んできます。異常に巧い。ドラムスも近い印象で、ライドシンバルのショットにちょこっと16分割のフィールをまぜてくるなど、ベースとのフィーリングを共有する感度、お互いが相乗したグルーヴを実現するおそろしい腕前を感じます。フィルインで1拍を6分割したみたいなタム回しを至極さりげなく入れてきたり……おそろしいバンドです。リズムギターもタイトで抑制がきいて巧い。

フルートが闊達に飛び回ります。松田聖子さんが媒体を変えて転位したみたいな華やかで動きが多く、かつ的確なフルート。ストリングス、それからシンセサイザーの音色もめまぐるしく彩りを変えます。豊かです。

コード進行もおしゃれです。気を衒わず王道のポップソングを行けてるのに、こんなにも斬新で想像的で景色豊か。

歌のメロディも松田聖子さんが自分のものにし、さも簡単そうにやってしまうので鵜呑みにしてしまうのですが、細部をよくみると動きが細かく独創的な旋律であるのに驚愕します。

アレンジやメロディ、和声、リズムとグルーヴ……これらを実現する圧倒的な演奏力、歌唱力。これは並のアイドルの登場ではありません。このあとに及んで、歴史をつくる人のデビュー作としてふさわしい。1作目でこれをやったら、このあとに何を続けてやればいいんだ?? と今の私なら思ってしまうほどに完成度の高いシングル曲です。もうすでに、いきなりピークじゃないか。いえいえ、松田聖子さんのそれは、まさにここからなのでしょう。凄すぎる。

“誘われた映画はまぶしすぎたの 背のびする季節と言われたけれど ハラハラし通しのエピローグには 思わずうつむいた私です”

(『裸足の季節!』より、作詞:三浦徳子)

かろうじて、歌詞に少女らしいそれがみえます。完全に大衆の理解を超えた芸術家でなく、あくまで大衆のための娯楽としての音楽に革新と巨大な歴史のはじまりを告げるための歌としておあつらえで、最高に気の利いた歌詞です。未熟な少女らしさが主人公の人格にみえます。これをこの演奏・歌唱力でやっている振り幅にやられますね。「エピローグ」が続いています。

青沼詩郎

参考Wikipedia>裸足の季節

参考歌詞サイト 歌ネット>裸足の季節

松田聖子 公式サイトへのリンク

『裸足の季節』を収録した松田聖子のアルバム『SQUALL』(1980)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『裸足の季節(松田聖子の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)