あざとく凛々しく謎めくX

『年下の男の子』など、みる人によってはそいつの何が良いんだか分かんない!というような相手を恋の対象に据えるレパートリーはキャンディーズのお手のものではないでしょうか。

短2度下への刺繍音を効果的に用いて、いじらしい、ほっとけない、気になる感、あざとさ含めての愛嬌を演出するすぎやまこういちさんのメロディと林春生さんの作詞が秀逸(林さんの作歴には『サザエさん』があります。ちょっと抜けているズボラでやらかしがちな人格の描写に実績があり?!)。

「わたしのハートは」につづけて「まけそうまけそうなのよ」とリズムの密度を急きこませる部分が象徴するように、音符の密度の書き分けが鮮やかです。

カレの名前を「ミスターエックス」と伏せ、「シーッ」(内緒、秘密の表現)と歯擦音を浮かべながらストリングスの濁ったようなぶつけたような和声音程で謎めいた緊張と不安の入り交じる響きで「ミスターエックス」の神秘と魅力の深みを演出します。

出会いのありがちな春に聴きたくなります。キャンディーズ曲には特に春から夏にかけてを味方につける元気のはじける歌唱が印象的なレパートリーが多い気がします。はつらつとしていて、わずかのあざとさを含めて凛々しいところが唯一無二の魅力ではないでしょうか。

ハート泥棒 キャンディーズ 曲の名義、発表の概要

作詞:林春生、作曲:すぎやまこういち。編曲:船山基紀。キャンディーズのシングル(1976.9.1)。

キャンディーズ ハート泥棒(アルバム『キャンディーズ1676日』収録)を聴く

鬼気迫る演奏がカッコいい。ブイブイにドライブしたベースの輪郭の明瞭さと耳ざわりの丸さ、描線の伸びが千金です。よく動くしフレーズにメリハリがありますしその軌道がはっきりしていて目を引くのに主役を邪魔してもいません。ドラムも実に華やかでミュート感のあるキック・スネアに響きの深いタムのフィルインが豪華です。

左にぎすぎすに歪んで低域の落ちた鋭いエレキギター、右定位にブラスが振ってあって両耳を刺激します。ストリングスの高音域パートは頭上にいるように感じます。

キャンディーズお三方の歌声はユニゾンしててもぐずぐずした団子感がないんです。それぞれがシュパっと鋭い。でも主役はアタシだ!というような鼻をつまみたくなるような横柄さもみじんもない。ワントップになろうとしていないんですね。自分の仕事の描線・軌道が美しく引き締まるようにきっちりやって、それらがあわさった時に鮮やかさと広がりが3倍になるような、キャンディーズの歌唱にはそんな印象を受けます。にじみ感のあるペインティングじゃなくて、ドローイング的なキレがあります。

すべての1音1音に人間の演奏特有の意図と技術の極地にバグ(許容範囲の不測)が込められてこのキャンディーズサウンドの聴き迫るスリル感につながっているんだと思います。

キャンディーズの活躍した当時には全然関係がないことですが、AIがヒトの聴くヒトによる演奏をどれほど凌駕していくのか?みたいな音楽の話題がちっさく感じますね。私はこういうの(キャンディーズの本曲みたいな生命感ほとばしる「人によって演奏される音楽」)がいいなぁと今も昔もずっと思っています。AIはAIで、AI音楽みたいなひとつのジャンルとして定着するくらいに落ち着くんじゃないかなと。ボカロ音楽とかもかつて相当流行ったとはいえ、今は1ジャンルに落ち着いている感じがします。プログラミング(打ち込み)だってシンセサイザーだって、登場した当時は音楽家の生命が奪われる!みたくいちいち叫ばれてきたけど結局時間がたつと、人間(ヒト)の表現のための1手段として落ち着くんです。これが私がAIうんぬんを静観している主たる理由なのですが……キャンディーズの命を込めた音源が素晴らしすぎるあまり、余計な話を失礼しました。

青沼詩郎

参考Wikipedia>ハート泥棒

参考歌詞サイト 歌ネット>ハート泥棒

『ハート泥棒』を収録したキャンディーズの『ゴールデン☆アイドル キャンディーズ』(2015)

『ハート泥棒』を収録したキャンディーズの『キャンディーズ1676日』(1977)