生きる必要

中津川フォークジャンボリーで飛び入り演奏された曲だそうです。

加川良さんが上野瞭さんの詩に触発されて書いたものだそうです。上野瞭さんは児童文学作家。『ファーブル昆虫記』や『ながぐつをはいた猫』の翻訳も上野瞭さんの仕事歴のうちだそうです。本曲『教訓Ⅰ』の歌詞は『ちょっと変わった人生論』の中の『戦争について』の中の「教訓ソノ一」という詩を元にしているそう。

・何から逃げるのか 距離を取る対象

戦争、自殺、過労? ある人を死に至らしめてしまう原因があるとすれば、その原因となる事象と物理的・精神的な距離をとる(逃げる)ことができれば直接の死を遠ざけられるでしょう。その環境・条件において距離をとって(逃げて)生き続けることがその人にとって容易にとりうるかどうかは場合によります。社会の構造にしたがうことで快適に効率よく生きられる一方、そのせいで受ける制約や束縛が生じるのもまた表裏一体の真実でしょう。命を失うくらいなら社会構造の制約うんぬん言っている場合じゃないだろう、との指摘はきっと当事者ではないから言えてしまう残酷な言葉かもしれません。当事者の逃れざる苦しみ、それがどれほどに強固で絶対的なものかを知るのは当事者のみ。

戦争で戦って散ることが美徳であると盲信する人はそもそも逃げるという発想に至りません。その真っ赤な闘争の精神から、「青くなる」こともなければ「尻込む」こともなく「隠れる」こともないのでしょう。本曲『教訓Ⅰ』のAセクションは逐一コーラス毎に歌詞が変わりますがサビが共通。「青くなって尻込みなさい 逃げなさい 隠れなさい」の歌詞です。青くなる、尻込む、逃げること自体が可能であったならば。教訓であると同時に、嘆きであり、悼みであり、慈愛の曲なのかもしれません。現実にそれができるか・できたかは別として、表明することができる。それが歌(詩)の世界です。

サウンドはフィドル調のヴァイオリンにバンジョー。どっかりと安定する加川良さんの質量ある歌は小節線を自由にまたぎ、銃弾の雨をふらふらとかわすかのようになめらかに前後します。

生きて経験則から得られるものこそ教訓。生きて生き延びることのみで得られるものが教訓です。他人の振る舞いや顛末を横目に窺い知るものもあるでしょうが、本人がおのれの考えにしたがって実践し失敗したり成功をつかんだりしてこそ教訓は強いものとなります。そのためにもやはり本人が生きる必要があります。

教訓Ⅰ 加川良 曲の名義、発表の概要

作詞:上野瞭・加川良、作曲:加川良。加川良のアルバム『教訓』(1971)に収録。

加川良 教訓Ⅰ(アルバム『教訓』収録)を聴く

平然とした調子で教訓をかたるリードボーカル。教訓をたれる者たるもの、堂々とどっかりとしていてこそ響くものです。サビでボーカルがハーモニー、2声にわかれます。青くなって逃げるもの、そこにい続ける語り部の分離と重ね合わせのようです。

左寄りにヴァイオリン、右に寄りにバンジョー。バンジョーはところどころ、歌詞やセクションの境目に向かって生き急ぐように急にダイナミクスを煽ったりして平然としたボーカルの傍に熱量の起伏を演出します。

死んで神様と言われるよりも……と歌うところで、天上の星を思わせるようにヴァイオリンが高い音域に渡ってすーっとまっすぐに弓をひきます。

アコースティックギターが表現するベースラインと必要十分な和音の響きはサムピックなどを装着しての奏法でしょうか。平然としていて、リードボーカルと同一人格を思わせます。

尻込みをする、という表現は「しりごみなさい」と命令形で使うことがほとんどないでしょう。尻込みしてるんじゃない!とどっちかといえば弱腰を戒めるために否定形で用いいられるほうが多数派の表現ではないでしょうか。これが毎回のサビでやってくる。ひっかかりになっています。

青沼詩郎

参考Wikipedia>加川良

参考歌詞サイト 歌ネット>教訓Ⅰ

加川 良 | ソニーミュージックオフィシャルサイトへのリンク

加川良のアルバム『教訓』(1971)