作家や歌手の生身

そのとき何を検索していたのか忘れてしまいましたが私のことですから1960〜1970年代くらいの特定の楽曲や音楽のつくり手としての作家のことや歌手のことについて検索していたのでしょう。

ふと引っかかって来たのが、古賀政男音楽博物館(サイトへのリンク)のイベントでした。

『富澤一誠のミュージック・ゼミナール 第2回 筒美京平』。なんでもゲストに橋本淳さんと平山みきさんが来るといいます。これは参加するしかない。

図:『富澤一誠のミュージック・ゼミナール 第2回 筒美京平』来場者に渡ったリーフレット。

古い……といっていいかわかりませんが(サブスクやネット上であらゆる年代の音楽が並列で拾えてしまうご時世上)、昔の時代の曲、ひと世代以上前の曲を漁っていると、その楽曲の歌手(実演家)や作家が亡くなっていることも多いのです。

ご存命の現役の演奏家や作家でいらっしゃるが、かなり前の時代においても作品をたくさん残している方々のうちのいくらかは、私の憧れの人なのです。

筒美京平さんは2020年に亡くなってしまいました。筒美さんの楽曲を私はたくさん鑑賞したり、自分で歌ってみたりしています。

筒美さんとコンビで、たくさんの楽曲の作詞をしているのが橋本淳さんです。コンビといってさしつかえないくらいに、お二人の仲やつきあいが深い様子が、先述のイベントに実際に参加してみて伝わってきました。

筒美さん・橋本さんによる楽曲を歌った歌手として重要な存在が平山みきさんです。

イベントで橋本さんは、筒美さんのことを語る文脈で「ヘンな声の人、好き」といった趣旨のことをおっしゃっていました。また、リズム感の重要性についても語られていました。平山さんの歌手としての個性や資質、リズム感といったものを筒美さんが大きく評価していたであろうことが、このイベントの鼎談から伝わって来ました。実際、筒美さんの楽曲を鑑賞していると、ブンブンとベースやドラムスがグルーヴを先導してファンキーな熱量を醸している作品にたくさん出逢います。

イベントではたくさんの筒美さん作曲による楽曲の音源再生を、会場の古賀政男音楽博物館・けやきホールのスピーカーで鑑賞しました。「売上」「オリコンチャート」といった指標によるランキングの情報を収集してイベントに備えて来た富澤一誠さんのMCで会は進められました。

図:『富澤一誠のミュージック・ゼミナール 第2回 筒美京平』来場者に渡ったリーフレットの中面。お三方のプロフィール、売上番付を指標にした筒美さん作品の曲目を記載。これらからトップテンを会場のスピーカーで鑑賞しました。

「売上」「オリコンチャート」といった指標とは外れる文脈で紹介され会場で音源を鑑賞した、ひときわ私の心に残った楽曲が藤浩一さんの歌った『黄色いレモン』です。

藤浩一さんは、子門真人さんの別の芸名です。『およげ!たいやきくん』は日本で最も売れたと言われるシングルですね。その歌い手の名前として「子門真人」をつかう前の、別の芸名だといってさしつかえないと思います。彼には芸名が多数あるそうで、彼の活動のスタイルの事情を映した結果芸名が多くなったようにも解釈できます。

この楽曲『黄色いレモン』が、筒美京平さんの作曲家としてのデビュー作だとイベントにおいても紹介されました。また、橋本淳さんと筒美さんが作詞作曲で“コンビ”した最初の楽曲でもあるといいます。

当時の筒美さんの会社員としての身上の都合(社則だか就業規則だか雇用や契約上の条件だかの問題で、ほかの会社のプロジェクトに曲を書くことができなかったのだとか)で、師匠のすぎやまこういちさん名義の作曲として一度は発表されたようです、現在ではネットを検索してもわかるとおり、筒美さんの最初の楽曲である旨認知されているようで、当日の会場においても橋本淳さんの口から、最初の筒美・橋本作品であり筒美さんのデビュー作である旨が確かに語られました。

図:『富澤一誠のミュージック・ゼミナール 第2回 筒美京平』で鼎談がおこなわれたけやきホールのステージ。
図:『富澤一誠のミュージック・ゼミナール 第2回 筒美京平』を開催したロビーに展示された、筒美作品のたくさんのジャケット。近寄って見た感じ、実物でした。彼の作品の圧倒的な質量と彩り豊かさを物語る展示です。
図:『富澤一誠のミュージック・ゼミナール 第2回 筒美京平』会場となった古賀政男音楽博物館の外観。代々木上原から徒歩で、大きな道路を渡ったらすぐの立地。余談ですが、私の出身校の東京音楽大学の同窓の友人に会場の前でばったり会いました。本稿とは関係ないですが、何か音楽が引き寄せる縁や偶然の力を思わせます。

藤浩一 黄色いレモンを聴く

YouTubeで黄色いレモン 藤浩一を検索する

作詞:橋本淳、作曲:すぎやまこういち(筒美京平)。藤浩一のシングル(1966)に収録。

藤浩一さんa.k.a子門真人さんの確かな歌唱力を印象づけるシンプルな編成です。舞踊音楽……フラメンコみたいなまんなかのギターがチャーミングで、伴奏の中核を担います。シンプルな編成で和声とリズムを大きく握っていますね。

ギターのシャクシャクとしたストラミングとリズムを成すアコースティックのベース。1拍目と2拍目裏と4拍目に打点があり、移勢のスピード感を出しながら安定した運びで歌を乗せていくパターンです。1拍目と2拍目裏をおさえるリズムの打点は歌の伴奏で非常に多く出逢うパターンです。

スネアのブラシのストロークがパサパサと、歌やリズムの素朴な雰囲気を華やかします。

うっすら右側にエレキギターがいるでしょうか。コードのやさしいカッティングで、間奏でもリードをとるなどといったことは特になく脇役に徹していますが、素朴さをしっかり担保する意味でいてくれてありがたい存在でしょう。

間奏のスキャットが圧巻ですね。藤さん(子門真人さん)の歌唱の機敏さが発揮されています。見事なコントロールですし「ゲアッ」という謎のアタックのある発声。これがなかなか私は真似できない。谷啓さんの『愛してタムレ』にみられるコミカルなスキャットを思い出します。

『黄色いレモン』の話に戻ります。ヨーロッパや南米の路上にこの楽団がいてもおかしくなさそうなコンパクトな編成ですが、ボーカルの残響がスーっと長く澄み渡る質感は「ホール」の感触です。すばらしい演奏はゴージャスでなくていい。しかし、豊かなリズムやメロディがいきいきと躍動しています。

主題の黄色いレモン、あの娘、涙といったモチーフが“笑ってごらん”とする実直でやさしいメッセージをシンプルに伝える歌詞です。内容と演奏がばっちりハマっています。この楽曲を始点に、目眩く筒美京平・橋本淳作品が誕生していくことになります。二人の一作目にしては出来過ぎな気もしますし、このシンプルさこそが一作目であることを深く納得させる感じもします。

青沼詩郎

参考Wikipedia>子門真人

参考Wikipedia>黄色いレモン

参考歌詞サイト 歌ネット>黄色いレモン

藤浩一『黄色いレモン』を収録した『筒美京平自選作品集 50th Anniversaryアーカイヴス シティ・ポップス編』(2018)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『黄色いレモン(藤浩一の曲)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)