『君をのせて』

宮崎駿監督のアニメ映画『天空の城ラピュタ』(1986)。その主題歌が『君をのせて』。1986年は私の誕生年……同い年です。

作詞:宮崎駿、作曲:久石譲(本編音楽も担当)。歌は井上あずみ(『となりのトトロ』のオープニング『さんぽ』エンディング『となりのトトロ』の歌唱も担当)。

2拍3連のオープニング。木琴風のサウンド。倍音が強い小口径のベルのようなサウンド。エレピサウンド。

歌メロがえもいわれぬ美しさを醸しています。

他の人からも、このメロディの美しさを讃える声を聞いたことがあるのですが……

その秘密? かもしれない要素に気付いたことがあるのでここでお伝えします。

調和のメロと緊張のサビ

それは、A・Bメロでの、ベースとの関係が3度になる音程の多用です。

3度という和声音程(同時に鳴る複数の音の距離)は、調和を感じさせます。3度は転回すれば6度。

この曲のA・Bメロでは、特に小節のアタマ(コードチェンジ時)できっかり、ベースとの関係が長短の3度の音程になる関係を多用しています。

調和したこの響きは、安定感落ち着きを醸します。つまり、しっとりしっぽりと聴かせ、ドラマのハイライトの前置き、背景や情景を自然に語ってサビにつなぐのに適しているのです。

図:『君をのせて』ボーカルモチーフの採譜とコードづけの例(移調:in E minor)。6小節目くらいまで、見事なまでに1拍目のボーカルとベース音が3度の関係。5~6小節目で浮遊した虚ろな響きになるのが味噌。

それに対してサビ(「♪とうさーんがー」以降)では、小節のアタマやコードチェンジ時にベースと歌の関係が3度や6度になるのを控えています。用いているのは、同度5度セブンス。ワンフレーズの出口となる、“♪あつーいおーもー【いー】”【いー】の部分のみ3度になる音を採っています。サビ折り返し前の出口だけは安定させているのですね。巧妙です。

ベースとの関係が同度(1度、8度)や完全5度になる歌メロは、調和(協和)しすぎてかえって空虚を感じます。空虚ゆえに不安やある種の緊張感を生みます。これがせつなさエモを感じさせる作用もあると思います。調和のA・Bメロとひりつく緊張のサビが、見事な対立を成しているのです。

図:『君をのせて』ボーカルモチーフの採譜とコードづけの例(移調:in E minor)。Aメロは8小節単位でコードが展開していく印象ですが、サビはコードのパターンの回転が速くなる印象。

これが、私やあなたにえもいわれぬ美しさ、魅力を感じさせる『君をのせて』の歌メロディの秘密……かもしれません。

ちなみに、歌メロにベースとの長短3度の関係を頻繁に見出せる素晴らしい曲をたくさん生み出している表現者のひとつに、私はTHE BLUE HEARTSを挙げます。かれらの諸楽曲でひとつ例示すれば『ラブレター』。ただ、『君をのせて』のメロディを甲本ヒロトの声で脳内再生してみるとやや冗長な気もします(もちろん実際の表現次第ですし、私の想像力が乏しいだけで実現したら想像を超える光を放つに違いないのですが……それはさておき)THE BLUE HEARTSの楽曲は、ベースと歌メロの響きの良さに、言葉のキレ・スピード感やメロディが含むリズム、ビートの躍動(含む各パートの演奏)、そして当然ながらボーカルはじめ各パートの実際の演奏があらわすほとばしるエネルギーや情緒がかけ合わさった爆発力があるのでしょう。

一方『君をのせて』は、井上あずみのまっすぐで澄んだ歌唱、久石譲の編曲の妙などにより沈静にサビのエモへと向かっていく壮麗さを感じます。ベースと歌メロの長短3度というコード(おきまり)によってTHE BLUE HEARTSと『君をのせて』を列挙してみましたが、やはり両者それぞれに独自の高い創造性があります。

マイブームの短調

最近私は『ゲゲゲの鬼太郎』、『益荒男さん』(くるり)、『ちいさい秋みつけた』に触れました。いずれも短調の旋律を有しています。そのえもいわれぬ美しさ、きゅんとする怪しくスパイシーな響きにはまってしまって、近頃の私は短調の曲を蒐集し始める始末。『君をのせて』も、そのせいで意中に浮かびました。

起承転結+転?!

久しぶりに楽曲『君をのせて』の全容をあらためて聴きました。ほとんど記憶にとどめているのですが、エンディングだけ、「こんな感じだったか」と認識をあらためました。主音の低音上で、上声部を2度ずつ上行させて緊張感を高め、さらに低音ごと上行したⅡ♭メージャーを経てⅣメージャーでフィニッシュという意外な展開。ハッとしました。

原曲のキーはE♭マイナー。このエンディング部のコード進行を書き出すと【E♭m→F♭/E♭→G♭/E♭→F♭M7→A♭】ですかね(読みづらかったら全部♭をとって理解してくださっても)。調和と緊張のヒラウタ&サビのち、フィニッシュでどこへ行ってしまうのか?! 想像をふくらませるエンディングです。起承転結に「転」を付加した感じですかね。

青沼詩郎

井上あずみ『君をのせて』を収録した『スタジオジブリの歌 -増補盤-』

『天空の城ラピュタ サウンドトラック 飛行石の謎』

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『君をのせて(『天空の城ラピュタ』主題歌) ピアノ弾き語り』)

青沼詩郎Facebookより
“短調の曲がマイブーム気味。短調短調言ってたら短調の曲がより自分の意識に引っかかるようになってきた。幼少期からテレビで繰り返し放送される『天空の城ラピュタ』にふれてきた。そのたびに必ずふれるこの曲。曲のほとんどを記憶にとどめているのだけれど、ハッとするエンディングのコード進行こんな感じだったけと改めて井上あずみが歌う音源を聴いて認識した。作詞:宮崎駿、作曲:久石譲。映画の公開は1986年8月。私の生まれた年の夏。同い年でしたか。”

https://www.facebook.com/shiro.aonuma/posts/3413679305392386