作詞:落合武司、作曲:西岡たかし。編曲:葵まさひこ。シモンズのシングル、アルバム『恋人もいないのに/シモンズの世界』(1971)に収録。

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2人が主役ですから、上と下どちらが主旋律ともつかない歌い出しのバランス感が絶妙です。

左のほうからまっすぐなボウイングのストリングスの高域が聴こえてうるおい感。シモンズの2人の可憐で繊細な響きと残響とまざってファンタジック。ストリングスは低めのパートはちょっとナカ(真ん中寄り)に定位を振っているかもしれません。

右でテクニカルなスリーフィンガーっぽいアコギが詠唱を恒常に。サビでは技巧的なオブリガードをかまします。巧い。左にも対になるアコギがいて、そちらはストラミング中心か。そちらもサビで、ときおりただのストラミングにとどまらず渋い動きをみせている感じです。

ストリングスとシモンズの2人の声でうるうるな感じですが、サビでトランペットがプピーと独特のサウンドで緊迫感を演出します。2サビ(♪ラーララ……)に入る一瞬前のアウフクタクトの描き込みが良い。

ベースとドラムスのグルーヴィーな演奏が熱い。メロではリムショット。ベースはストロークが滑らかでレガートな感じで、間断なくビートを運んでいきます。サンバっぽく、ウラに引っ掛けながら1・3拍目を強調していく打点です。キックもこれと同調しています。サビ前にオカズをかましてドラムスはスネアのオープンショットに(オープンとはいえ、タイトな音色)。サビではドラムスはキックで違ったパターンで16分割を出し、ベースとブイブイと闊達に動きまくります。バンドで遊びつくしている達人がシモンズのバックを盤石に固めている感じでしょうか。盤石なのですが、趣のままに遊んでいるような自由な余裕感があります。シモンズの儚くうるわしい歌唱ともよく接着しており……接着といいますか、ある種の分離で、ベーシックと歌唱で同時に別々のことが平行して起きている、そのキャラクターの違いの振れ幅の面白さです。なんだか「赤い鳥」を思わせるような、確かでみずみずしい女声の発声とバンドの熱いグルーヴの同居です。

歌詞

“恋人もいないのに 薔薇の花束抱いて これからいったい どこへ行くの 風はいつになく 意地悪そうに つらい質問 するのです 薔薇の花束 胸にいっぱい いそいそ出かける 想い出の海 白い波間に 花びらちぎって 恋に別れを 告げるため”(シモンズ『恋人もいないのに』より、作詞:落合武司)

薔薇の花束は恋人からもらったもののシンボルでしょうか。思い出のことかもしれませんし、実際に薔薇以外でプレゼントされた品物もあったのかもしれません。

「恋人もいないのに薔薇の花束抱いて」……という鑑賞者の頭に疑問が浮かぶフレーズを冒頭から自ずと歌い、どういうことなのかを明かす構成。失恋の歌ですね。

“空はいつになく 青く澄んで 思わず泣きたくなるのです” (中略)

 “海はいつになく 涙いろで 哀しみたたえて いるのです”(シモンズ『恋人もいないのに』より、作詞:落合武司)

薔薇の花束……ピンクっぽい中間色もあれば白もあり得ると思いますが、まぁまず「赤」でしょう。「空」がイメージさせる青と対になって見栄えします。空の青はからっぽ、むなしさの象徴でしょうか。哀しみの色。

海のたずさえる水は積年の涙の象徴かもしれません。その海のうねりに、携えた薔薇(思い出、育み醸成した関係、与え合った恩恵でしょうか)をちぎってポイポイやるのです(もっと風流で優美な動作でしょうけれど)。

決別のために、かつての恋の相手を自分に想起させがちな品物を、海に投げ捨てるという心理を思います。家のゴミ箱に捨ててもいいはずなのだけど、それだとただちに遠くに離れてくれません。

街や駅など、公共の場所のどこかにあるゴミ箱なら家の中のゴミ箱よりは自分との距離をかせぐ意味では有効そうです。それでも、ゴミ箱だと、回収されるまではそこにとどまってしまう。

おそらく、そういう行動をとる人の心理としては、「散ってほしい」のだと思います。

海であれば、波がうなり、うごめき、おしくらまんじゅうを無限に繰り返して、常時、ゆっくりとではあるとしても、命のきらめきも亡骸の一部も何もかもを、運び去り、遠ざけ、「散らして」くれます。自分の過去の恋を自覚させるトリガーを、そこにやりたい。散らしてしまいたいのです。

書いていて悲壮な気分になってきますが、これをシモンズが可憐な歌で、サビにおいては闊達でグルーヴィなアツい演奏に乗せて歌ったと思うと、その振れ幅が珍妙な気がします。それくらい「振ってくれる」ほうが、「その恋」と距離をおきたい身としてはありがたいに違いない。儚いです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>シモンズ(歌手)

参考歌詞サイト 歌ネット>恋人もいないのに

『恋人もいないのに』を収録した『GOLDEN☆BEST シモンズ オールソングス・コレクション』(2013)。シモンズのオリジナルアルバム4枚分を2枚組のBlu-spec CDに曲順に収録したまさに“オールソングス・コレクション”。

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『恋人もいないのに(シモンズの曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)