作詞・作曲:西岡たかし。五つの赤い風船のシングル『恋は風に乗って』(1968)に収録後、AB面を入れ替えてシングル曲となる(1969)。アルバム『高田渡/五つの赤い風船』(1969)に収録。

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参考 YouTubeチャンネル SHINOS AMPLIFIER COMPANY>佐橋佳幸「特殊弦楽器、オートハープ編」東海楽器製とOscar Schmidt 製

圧倒的に耳を引く撥弦楽器の音色。オートハープですね。コードハープとも呼ぶでしょうか。楽器メーカーさんによって呼び方が違うかもしれません。東海楽器さんのものは「クロマハープ」と。

「クロマ」の名前がイメージさせるとおり、なにも押さえずに開放弦を軒並み弾くとクロマチック、半音階になっていると。

楽器を立てて抱えて、左手でボタンを押さえて、右手で弾きます。左手で特定のコードに対応したボタンを押して右手でピック弾くことで、和声音だけが鳴る。左手でコードに対応したボタンを押すと、そのコードにない音の弦がミュートされる仕組みだそうです。

上記リンクの動画によれば、オートハープはオスカー・シュミットの商品名。佐橋佳幸さんは膝の上に寝かせて弾くこともあるそうです。

……という、オートハープの音色が圧倒的な存在感を放つ『遠い世界に』。

鼻歌による本編のメインモチーフのイントロがあって、絢爛なオートハープを含めたバンドがはじまります。

右にスリーフィンガーっぽい流暢なアコギ、左にもアルペジオのアコギがいます。右が16分の移勢を絡めた細かいパッセージ、左が8分割主体ののどかなバッキングの印象です。

ベースががっつり右に振られていて、すごいバランス感です。グッバイ定位的なこの時代くらいまでのあるあるを思います。ベースはあまり「グイ!」「ドン!」としゃしゃり出てこない存在感。奥まったキャラクターで分かりにくいですが、アコースティックのコントラバスなのか? 「ズン」と出てこないのでなんともいえないところですが、伸びやかで柔和な「伸び」を感じます。

女声がメイン、字ハモが下で男声。動きの平易なメロディで、コピーしてハモるのもやさしそう。フォークソングの流行期にこれに親しんだという人に、ピアノの置いてある地元の喫茶店で2023年(執筆時)の現代において、実際に出会ったこともあります。

イントロや間奏はオートハープのここぞの出番。メロディやはっきりとしたモチーフでリードするのが間奏のアレンジの常ですが、その絢爛で特徴的な響きを活かして、コードストロークで間奏を聴かせきります。とにかく弦の数が多く、どこからどこくらいまでの音域を、どの音域においてどのくらいのスピードでストロークを振り抜くか、といったコントロールによって、実に豊かなニュアンスが出せるようです。非常に豊かな響きが出るのを分かってか、歌のあるところでは一瞬弾くのを控えたり、ダイナミクスを抑えてバッキングのアティテュードです。便利なような不便なようなユニークな楽器ですが、主役にも脇役にもなれるのですね。セットリストのなかで、単曲で用いると圧倒的な存在感が出るでしょう。ずっとこれ1本で何曲も歌うと……すこしサウンド的に飽きるかどうか、なんともいえないところです。コード弾きにはいいが、演奏者におけるコード構成音に対する知識で活躍の幅が変わって来そう。メロディを表現するリードプレイには不向きな楽器に見えますがどうでしょうか。

歌詞

“力を合わせて 生きる事さえ 今ではみんな 忘れてしまった だけどボク達 若者がいる 雲にかくれた 小さな星は これが日本だ 私の国だ”(五つの赤い風船『遠い世界に』より、作詞:西岡たかし)

フォークソングは、何かにプロテストしたり、争ったりする意思を表明する媒体、という側面が、ある時代の日本のカルチャーに認められると思います。

観念的で、平易でやわらかめな言葉を選んでいますし、柔和で心地よいバンドと歌唱のサウンドも手伝って、五つの赤い風船の『遠い世界に』はすんなり私の耳に届いてきます。

抗議の意思や思想は、表現のしかたによっては耳障りになるものも中にはあるでしょう。そうして注意を引きつけたり、怒りを表現したりする作品も否定しません。そういうものもあって然るべしと思います。五つの赤い風船は、歌や音楽に愛があるからこういうやさしい表れ方になるのじゃないかと勝手ながら思います。

日本という固有名詞であったり、「国」とい語句の登場も、どこかやわらかい響きで、ただありのままの集合体系、観念を平静に提示しているだけのものとして、私にすんなり届いて来ます。そこに、親しみや愛をほんのりと感じるのです。

「ボク達若者がいる」と、歌の主格のペルソナを明かしています。もちろん、心の中の「若者性」ひとつで、誰が歌ってもかまわないでしょう。私の中に、若者の心があるといえば、『遠い世界に』はすべての人の歌になりえるのです。同時に、フォークが若い人のあいだの一大トピックであった時代性なども同時に思わせます。もちろん、そういう「流行りもの」に対して冷ややかな目線を送った人の存在も、きっとあったであろうことも含めて想像します。若い人の間にだって、フォーク対して肯定的な人も否定的な人も、どちらでもない人だって数多いたことでしょう。

“遠い世界に 旅に出ようか それとも 赤い風船に乗って 雲の上を 歩いてみようか 太陽の光で にじを作った お空の風を もらって帰って 暗い霧を 吹きとばしたい”(五つの赤い風船『遠い世界に』より、作詞:西岡たかし)

グループ名にもなっている赤い風船。風に乗る媒体であり、赤い色をしていることで目立ちます。象徴であり、目印であり、道標のようなものでもあるのでしょう。その自覚を言い含めた呼称なのかもしれません。自分を含めた群像を空から俯瞰します。空や風は、自由であることへの憧れを思わせます。憧れているだけじゃなく、実際、この歌の主人公らが、自由の体現者なのかもしれません。「暗い霧を吹きとばしたい」と、「視界をさまたげる何か」に対する警鐘と、それに抗う気持ちの両方を平易で率直な表現で明かしています。

オートハープの絢爛で澄み渡る、しかし大袈裟でなく確かにこの腕にある親身で実寸大の響きと、歌の素直なメッセージが相まって、空のようにポカンとした広漠な印象を残す素敵な楽曲だと思います。

青沼詩郎

参考歌詞サイト 歌ネット>遠い世界に

参考Wikipedia>遠い世界に

参考Wikipedia>五つの赤い風船

五つの赤い風船 ビクターサイトへのリンク

参考Wikipedia>西岡たかし

タワーレコードオンライン>高田渡・五つの赤い風船

『遠い世界に』を収録したアルバム『高田渡/五つの赤い風船』(1969)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『遠い世界に(五つの赤い風船の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)