映像

右からプレーンなギターのハーモニックなモチーフ。左からストロークギターがきこえます。森山良子はギターをつま弾いている様子。サムピックなどを用いたアルペジオのようです。ストリングスがファーっと降りてくるよう。キーボードで鳴らすシンセストリングスですかね。間奏でギタリストの手元が見られる貴重なカット。ポロロンとした音色はナイロン弦。ウッドベース(アコースティック・ベース? コントランバス型)も映ります。ふわっとカールした、たんぽぽのようなヘア・スタイルに白いドレスの森山良子。歌唱はみずみずしい。地声と頭声を独自の塩梅で混ぜたり切り替えたりするようなスタイルです。子音が明瞭。安定感ある心地よいゆらぎです。途中でわずかにダブリングのような輪郭が聴こえる気がする瞬間があるのですが、誰かサポートボーカルが重唱しているのでしょうか? ただのマイクのカブり? あるいはPA(音響さん)でのエフェクトがけ?

曲の名義・概要など

作詞:小薗江圭子、作曲:森山良子。 森山良子のシングル(1967)。

森山良子『この広い野原いっぱい』(『森山良子フォーク・アルバムNo.1』より)を聴く

右からハーモニックなモチーフ、左からストロークのギター。上にリンクしたライブでもオリジナルに近い編成を再現していたのですね。左のギターのストロークがわしゃわしゃとやさしいアタック。フィンガーストロークでしょうかね。指先が当たる感じの音質。ストリングスの歌い方がメロメロで情感いっぱいです。

間奏はリッチなトーンのガットギターにストリングスのサスティン。森山良子のハミングもかさなります。

森山良子のボーカルはアナログのオーバーシグナル感が気持ちよく迫力を感じさせます。後年のパフォーマンスよりもむしろなんだか達者で洒脱な感じ……そう。ジャスっぽい。この頃、彼女はジャズを志していたとか。息の成分を強調した声色、それから声の緊張の抜き方に色気があります。ブロック末でのダイナミクスのすぼませ方も耳をひきますね。上手いです。

ギターのモチーフはなんといいますか特定の国の音楽を思わせます。精通者未満の私にはなんともいえませんが……どこでしょう、欧風?(ざっくりぼけぼけ)海沿いの国って感じです(雑)。

歌詞

“この広い野原いっぱい咲く花を ひとつ残らずあなたにあげる 赤いリボンの花束にして”(『この広い野原いっぱい』より、作詞:小薗江圭子)

夢とロマンのあるシチュエーションにも思えますが、自然物……といいますか、野原いっぱいの花を私有したり個人に贈ったりするなんてなかなかの横行と思えなくもありません(そんなことつっこむのは夢がない?)。“ひとつ残らずあなたにあげる”というところがなかなか潔癖といいますか完璧主義です。理想が高い。

この広い夜空いっぱい咲く星を ひとつ残らずあなたにあげる 虹に輝く ガラスにつめて(『この広い野原いっぱい』より、作詞:小薗江圭子)

「星」に対して「咲く」を用いたおかしみがあります。夜空に巨大な花ですね。どこまでも続く花です。わたしたちの天球に覆い被さる花。晴れの夜空に咲く花。それを“ひとつ残らず”贈るというのですから相当な夢想です。高いイマジネーションですね。虹はさまざまな波長の光の顕現です。太陽光をガラスに透かすと通り抜けた光が虹色にみえることがあります。分光器の役割をガラスがしたのですね。そんな光景を思い出します。

この広い海いっぱい咲く舟を ひとつ残らずあなたにあげる 青い帆にイニシャルつけて(『この広い野原いっぱい』より、作詞:小薗江圭子)

舟は海に咲く花……。花とは地面に咲くもの。また世界最大の花といわれるラフレシアにしたって、その大きさはせいぜい90cmほどだそう。広い海に散った舟たちの織りなす模様を花に喩えるのは、縮尺や条件を反転させたおもしろみがあります。

話が逸れますが、夏に水上でおこなわれることの多い「花火」。花の火、と最初に名付けた人、なんて詩情をお持ちなのだろうとふと思います。あるいは逆? 「花」のような火を発明しようというところから出発したのでしょうか。

歌詞の話にもどります。青い帆にイニシャルつけてとあります。なんとなく小型の舟をイメージする私。ヨットや帆船でしょうか。同じ港や岸辺に、たくさんの似通った小舟やヨットを寄せて保守管理する慣習から、帆にイニシャルを載せることも実際にあるのかもしれません。一目で他の舟との違いを認めて特定するためのロゴやマークのようなものを用いることもあるのでしょうか。舟やヨットと聞くと、なんとなく白っぽいカタマリ、物体の群集が港に寄せている光景を想像します。

誰もが似たような人間なんだということ、それでもその中でもあなたや私は誰とも違う個人なんだよということの表現のようにも思えます。深読みしすぎでしょうか。

この広い世界中のなにもかも ひとつ残らずあなたにあげる だから私に手紙を書いて”(『この広い野原いっぱい』より、作詞:小薗江圭子)

4番の歌詞から私が想像したのは、病室にカンヅメの主人公……私は自由に歩いて外の世界を見ることができない。だからあなた、どうかその足で世界を見て回って、私に手紙を書いて教えて……というシチュエーションです。

自分が不自由であるほどに、外の世界への憧れを募らせるでしょう。きれいな写真集をベッドでめくってみている。こんな世界があるんだと心だけは仮想の野原に解き放つ。この世のあらゆるものを、あなたはどう見てどう感じるか、それを共有したい……そんなラブソングにも思えます。あるいはあなただけは自由でいてほしいという願いでしょうか。それを自分への願いと読み換えても味わい深い。世界は私のものだよ。私はどこへでも行ける。見たいものを見られる。だからこそ、そのすべてを、あなたに手紙を書くみたいに、余す所なく伝えなくちゃ。

そう思うと、この曲を歌手としてのキャリアのスタートにした森山良子自身のテーマソングとして読んでも見合うのではないでしょうか。

音楽や作曲面について

1拍目をあけたモチーフを重ねるAメロ。ワンフレーズ目(“このひろーい”)は1拍分休符を。“のはらいっぱい”は8分休符をあたまにしています。

対して、“ひとつのこらず”は小節線の前にはみださせていますね。音符もやや大柄になります。“あなたーにーあげーるー”で、臨時の上方変位で短2度のニクい刺繍音を聴かせただちに上行。メロディのフックです。

“あかーいりーぼーんのー”のところは“ひとーつーのーこーらずー”とほぼ同じ音形をちがうポジションで再現しています。

ワンコーラスの結びとなる“はーなーたーばーにしてー”のフレーズはまた1拍目を呼吸する音形。下行して主音(ミ)を通りすぎ上行してまた主音(ミ)を通り過ぎまた長2度下行して主音(ミ)におちつく音形。なんと、意外にかなりふらふらとしたメロディであることに驚きます。あちらこちらへと美しい景色を求める旅人を体現したようなメロディです。

メロディの音域

短9度で歌えます。1オクターブちょっと。弾き語り初心者や、声域の広さに自信のない方にもとてもおすすめしたい1曲。

後記

かろやかな曲想というのが第一印象でしたが、普遍の風光明媚とロマンが理想高くうたわれています。あなたと私の関係に現実のリスナーと森山良子をあてはめても読めることから、彼女のファーストシングルとしてとてもおあつらえ向きという点にも鑑賞を重ねてから気づきました。飽きの来ない垢抜け感。当時の森山良子のジャズ志向をあながち無視したものでもない秀作。

作詞の小薗江圭子は詞、イラスト、エッセイ、映像など多才な作家のようです。森山良子は小薗江圭子のこの詞と出会ってさらっと曲をつけたのでしょうか。清らかな線、無駄や迷いのないタッチを感じます。さらっと描いたスケッチに水彩で色をのせたような曲。

青沼詩郎

森山良子 公式サイトへのリンク

Wikipedia > この広い野原いっぱい

森山良子の『この広い野原いっぱい』収録盤、『この広い野原いっぱい・フォーク・アルバムNo.1/愛する人に歌わせないで・アルバムNo.2』(1967、1968)。

小薗江圭子の著作『生活美人』(2007)

ご笑覧ください 拙演