まえがき

吉田拓郎さんに大変はまった私です(進行形)。その拓郎さんのバックバンドを務めたことのあるグループ、猫。

最近『各駅停車』という彼らの楽曲を知りました。この曲でメインボーカルを務めた内山修さんの声に魅了されました。

猫の曲を聴き流していて気の利いた良い曲があるなと思ったそれは内山修さん作詞作曲の『南の島行きの船』(他にも良い曲ばかりですが)。

アルバムをリードしたりシングルカットに向くような派手な作品ではないですが、小気味良いのです。私はそういうものが大変すきです。

話は変わって西岡恭蔵さんの曲に『南米旅行』というのがあります。

行ったこともない場所に連れて行ってくれる歌。陽気な気候、夏っぽい曲でもあるのですが、そういうものを別の季節の最中にあるこの島国で聴くのも、むっつりすけべっぽい楽しみがあるものです。

季節はめぐるので、今と違う季節が先にあるのか前にあるのかよくわからないなと思うときがあります。今がたとえば冬だったらば、夏を思うとき、それは未来の夏なのか、過ぎ去った夏なのか。こんなことを思うのヘンでしょうか。

猫の『南の島行きの船』も、私の現実の人生とは違う舞台設定に連れて行ってくれる趣のある歌です。夏っぽい陽気な気候が似合う舞台のわりには、寒い季節の最中にいて聴くと、心のソファに深く沈み込んだような幻覚がするのです。

聴く

作詞・作曲:内山修。猫のアルバム『エピローグ』(1975)に収録。

ベテランの船乗りの最後の航海と、ルーキーの船乗りのはじめての航海を対にしています。私が気の利いたソングライティングだと感じる一因です。

南の島行きの 船が出る 老いぼれ船乗りが 乗り込んでく 彼の最後の 航海さ 胸に思い出いっぱい 帆に風いっぱい

南の島行きの 船が出る 若い船乗りが 乗り込んでく 彼の初めての 航海さ 胸に夢いっぱい 帆に風いっぱい

若い船乗りに 聞かせてやりなよ 椰子の木陰で 恋をした 思い出話でも

(猫『南の島行きの船』より聴取。作詞:内山修)

帆を押し進める風に、ベテランの思い出の数々や、若者の希望や夢がかかっています。風がそうした記憶や未来の展望を象徴するのです。

「大」がつく先輩の昔の恋の話ともなれば、かなり種々のジェネレーションギャップがあって、若い人はかえって新鮮な気持ちで傾聴できるかもしれません。あるいは、昔も今も変わらないねとの感慨を抱くのか。

大ベテランのお話というものは概ねありがたいような耳が痛いだけのような……まぁ話の内容や、話し手と聞き手の関係によってさまざまでしょう。話し手や聞き手のどちらが大ベテランだからとか若手だからとかでどうこうなるものではありません。対等な人間関係において年齢差は関係ないのです。その恋の話を素敵だと思って話せたり傾聴したりできる人の感性こそが素敵なのです。

演奏面

雄弁でメロディアスなベースが素晴らしいです。『各駅停車』の作曲者でもある石山恵三さんの演奏でしょう。

ドラムスはいわゆるドラムセットでなく、キックのようなロウ・タムのような太鼓がズン、ズンと1・3拍目に恒常の拍動を描きます。スネアもなくて、ティンバレスでしょうか。カンカンと抜けの良い、しかしけたたましくなくマイルドな不定のリズムが合いの手を入れる感じです。エンディングでしれっと、1・3拍目だったロウが2・4拍目にすり替わるのが面白いです。右のほうからはギロが要所でギチギチと詠唱。

イントロのぼえ〜という音はなんなのでしょう。オーストラリアのアボリジニの「ディジュリドゥ」を思わせる音色ですが、実際なんの楽器なのか。船の汽笛を思わせる演出です。

左にナイロン系のギター、右に柔和なトーンのエレキギター。真ん中でアコギがスチャスチャとストラミング。ハイハットがいなくても細かい分割のグルーヴが出ています。このグループは歌も良ければ演奏もすこぶる良い。

中間部を壮麗に盛り上げるBGV(コーラス)は加工がなされた音色で、メインボーカルをマスクしません。

すっとぼけたような、匂いのついたようなアナログな音質感ひとつとっても全体にも私の好みです。

ザ・リガニーズと重複するメンバーが複数いるグループ、猫。メンバー各人のご活躍を追っても数珠が延々とつながる気配がします。

あとがき

船の中身は代謝します。シニアがリタイヤして、若い人が入ってきます。乗り降りのある、しかし全体としては名前のあるひとつの船なのです。地球もそうかもしれませんし、あなたの通ったことのある小学校や中学校なんかもそうかもしれません。個人が複数の船を渡ることもあるでしょう。その船の中としては新入りであっても、他の船での長いキャリアをもつベテランであることもあるでしょう。巨大な船のなかに、中小の船が入子になっている様相をおもいます。自分の人生のクルーは、自分ただひとりですね。

風に含まれた、目に見えない万遍の思いを背中に受けて、海を渡っていきたいと思うばかりです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>猫 (フォークグループ)

『南の島行きの船』を収録した猫のアルバム『エピローグ』(1975)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『南の島行きの船(猫の曲)ギター弾き語りとハーモニカ』)