擬宝珠のフォルムに結実を待つ想い詰まる
メロディセンスの天才。ベース音や和声音と協調し、純朴に調和して響く音程を緻密なリズムで譜割りするボーカルメロディが秀逸。長編映画の1本でも生まれそうなドラマティックでプラトニックな歌詞の物語が、ミュージシャンたちの公演の聖地「武道館」を象徴する「たまねぎ」を映すことで、結実の悲しい先送りを描きます。ハッピーエンドの先送り。ミュージシャンたちの夢の武道館公演は実現していても、主人公の、文通相手(ペンフレンド)との逢引は幻に終わってしまうのです。
初めてあなたに逢いたくて、武道館公演のチケットをおそらく郵送で相手にプレゼントしたと思われる主人公。体温をすいあげることのなかった、あなたのために用意されていた席が冷たいまま、主人公は会場をあとにします。
武道館の擬宝珠がたまねぎに似ています。つぼみのまますぼまったまま、ころころとした形で栄養をたくわえたまま、口をすぼめたままでいるたまねぎ。想いばかりがこのたまねぎみたいにつのって、カタルシスを迎えることなく、その栄養をたくわえたままの主人公のぼっちの輪郭をたまねぎのフォルムが代弁します。
童謡として知られる「大きな栗の木の下で」の曲名をパロディしたような曲名のせいでどんなふざけた歌かとリスナーを期待させます。
爆風スランプは2024年に再始動。 2026年8月11日の日本武道館公演「爆風スランプ 2026 LIVE at 日本武道館~歌え、大きな玉ねぎの下で」開催を発表しました。1985年12月13日に彼らは武道館公演を果たしている。そのときにこの曲を書いたそうです。その作詞動機が、武道館を満員にできなくてもペンフレンドたちの悲恋のせいだとの言い訳のセンスが尊いです。
オリジナルは1985年11月1日 2nd AL『しあわせ』収録。1989年10月21日のシングルバージョンは異なるアレンジ。ピアノの四分打ちを中心に、金管・木管各種と弦楽器がひととおり入ります。
豪勢かつメロウにハープのグリッサンドが横切り、サンプラザ中野くんのノンビブラートでエネルギッシュな歌声を祝福するようなはなやかなオケサウンド。こちらのバージョンは副題に「~はるかなる想い~」がつきます。
大きな玉ねぎの下で 爆風スランプ 曲の名義、発表の概要
作詞:サンプラザ中野、作曲:嶋田陽一。爆風スランプのアルバム『しあわせ』(1985)に収録。
爆風スランプ 大きな玉ねぎの下で(アルバム『しあわせ』収録)を聴く
スペクタクルな音像がパックされているのですが、どこかずっと、遠い記憶を眺めているような寂しさがあります。感情がこれ以上もう動かないよ!というくらいに心臓バクバク級に動ききった一連の経験を回顧しているような遠く儚い情緒があります。
バンドの音はそれこそ武道館でやっているバンドを眺めているみたく、空間をまわる音の響き(実際の武道館の音ってどんなでしたっけ。私も観客として訪れたことがあるのにもうだいぶ前なので忘れてしまいました)。
大太鼓やフロアタムの音ともなんだか違うような、「ダーン!」と轟くインパクト音がはいっています。まるで武道館のどこか一角にある巨大な扉が閉ざされたみたいな効果音にきこえます。君に贈ったチケットの半券が切られることがついになかった。その締め切りの週間を迎え、縁が切れた信号のような衝撃音です。
Aセクションのハイハットの間隔がすこし密になったりひらいたりします。主人公の、君への筆が走ったりふと緩んだりする、思いあぐねるリズムが込められているみたいです。ギターソロの音がまさしく武道館の空間を飛び交っているみたいなホール系の残響をまとっていますね。ホーン系のシンセの音が柔和です。
最後のコーラスが、九段下にながれていく終演後の観客の潮流を描きますが、まだ光景が語られ続けているのにもう後の祭りで、フェードアウトがかかっていくのがせつない。歌詞を唱えきって、ララララ……とスキャットになるところまでフレーミングされています。このスキャットを武道館の生演奏でみんなで歌ったら、主人公の未来の扉が開きそうです。
青沼詩郎
参考Wikipedia>しあわせ (アルバム)、大きな玉ねぎの下で 〜はるかなる想い
『大きな玉ねぎの下で』を収録した爆風スランプのアルバム『しあわせ』(1985)
『大きな玉ねぎの下で 〜はるかなる想い』を収録した爆風スランプのアルバム『I.B.W』(1989)