はじめに
私のくるりファン歴は2003年〜くらいだろうか。高校時代、軽音部の後輩が貸してくれた『TEAM ROCK』を宿したMDがきっかけだったと思う。
大学生になって、くるりのリリースを追ってCDをよく買っていた。
卒業して、自分のお気に入りの音楽がだいたい出揃った気にでもなったのか、音楽を掘るのは「なんとなく」にしてしまっていた。
私はくるりが大好きで、心のルーツミュージックだという思いは変わらなかったけれど、熱心にリリースを取りこぼさず追っていたかつての私はいつのまにか遠くへ行っていた。結婚したし、子どもができて音楽に没頭できる時間が減ったのもあるかもしれない。
最近になって、くるりの岸田繁がTwitterをやっていることを知った。フォローすると、いろいろ彼らの仕事に関する情報が流れてくる。それらを受け取っているうちに、かつての「くるりリリースフォロー」に熱心だった私がいつの間にか近くに戻ってきていた。
そんな経緯があった上で、今回の『LIVEWIRE くるり in 京都磔磔』。私と妻には、くるりが好きという共通点がある。モニターを共有して、家で彼女との平和な鑑賞を夢見て私は視聴チケットを買った。くるりのファンを自称する割には、私はくるりのライブを会場で観た経験が2、3度しかない。会場の「京都磔磔」も未訪だから興味があった(くるりのライブ・ベスト『Philharmonic or die』で録音を聴いたことがあるのみだった)。
ライブレポート『LIVEWIRE くるり in 京都磔磔』
およそ1時間半、様々な編成のくるりを観た。岸田繁(Vo.,Gt.)、佐藤征史(Ba.,Vo.)、ファンファン(Trp.,Key.,Vo.)、サポートに野崎泰弘(Key.)、松本大樹(Gt.)、BOBO(Dr.)が今回のライブのフルメンバー。
『琥珀色の街、上海蟹の朝』で始まる。ハンドマイクで歌う岸田繁。ファンファンと松本大樹がハケる。最近のリリース『thaw』収録曲の『鍋の中のつみれ』。次いで、『麦茶』。野崎泰弘がハケる。トリオで『温泉』『目玉のおやじ』『コンバット・ダンス』。ファンファンが再登場し『東京レレレのレ』。『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』(2010)の収録曲が豊かだ。このアルバムは岸田繁、佐藤征史にサポートのBOBOを加えた編成が主。今回もドラムスにBOBOを迎えたために実現したセットリストかもしれない。
それから、最近の活動の一態としてオンラインで私を楽しませてくれていた「くるりのツドイ」を意識させる、現メンバーのみで送るアコースティックな3人編成も良かった。『キャメル』『ブレーメン』『宿はなし』…本人の加入以前のレパートリーを吹くファンファンのトランペットに惚となる。特に『宿はなし』はくるりの活動の奥行きを思わせるのか、3人の中で一番新しいメンバーのはずの彼女の音が郷愁と感慨をもたらす不思議さに私は浸った。
フルメンバー編成に戻っての『Liberty&Gravity』。岸田繁の持つ風変わりなギターが映る。この「ミャンミャン」と騒がしい鳴り、響き…そう、インドの楽器・シタールを思わせるのはエレキ・シタールだ。チューニングや弦がギターと同じなのか、ギタリストとしての技術で演奏できるらしい。キラリとして残響が印象的な野崎泰弘による鍵盤の和音は瓦屋根の上の鯱のよう。ファンファンと松本大樹のハーモニックなアレンジが素晴らしい。特に1:32:45〜のコンビネーションは這い寄り、翻り、唸る固有生物。ギターの音程のずり上げ、伸び、揺れ。その表現と音色のなまめかしさに私も唸った。
『Morning Paper』に引き込まれる。この曲を積んだ『アンテナ』は私のフェイバリット・アルバムのひとつ。曲後半(1:37:40頃〜)の熱狂と高揚はセットリストを通してみてもハイライトのひとつだと思う。ドラムス・BOBOのフィルインが1拍はみ出したようなシーンがあって、コーラスしながら親しい笑みを秘めたような佐藤征史の表情と一瞬の岸田繁の視線の動きがわかる。曲が終わって、「ゥォェーーイ!」とコールする岸田繁。レスポンスするBOBO。岸田繁:「あとで編集な」「(一同、笑)」。こんな様子をプレイバックできてしまのもオンラインならでは。ここであくまでバンドのメンバーシップの良さ、このステージの器量の良さを言いたいのであって茶化す意図はない。BOBOさん、あなたの演奏最高です。
『Liberty&Gravity』『Morning Paper』は曲中で雰囲気ががらりと変わるので、一曲で数曲を聴いた気になるレパートリーだ。セットリストの可能性を広げてくれる曲だと思う。
野崎泰弘がハケる。『ロックロール』が嬉しい。今回の『LIVEWIRE くるり in 京都磔磔』を鑑賞して、特筆したいことのひとつが、松本大樹のギター。ソロパートは明らかにこの音楽に「定型のピースをはめ込む」以上の仕事をしている。『LIVEWIRE くるり in 京都磔磔』というチャンスに生まれた、完全なオリジナルバンド。彼のギターは、サポートという区別の存在と一緒に私の心を奪って行った。
松本大樹がハケ、野崎泰弘が戻る。『心のなかの悪魔』。鳥飼茜の作画によるMVが記憶に新しい、アルバム『thaw』の顔だ。ピアノを入れたフォー・ピースの素直なバンドの音と歌詞が美しいバラード。松本大樹が戻り、『奇跡』。ストラトでメロウなソロを聴かせてくれる。
ラストは『everybody feels the same』。全員でコーラス、標題の歌詞“everybody feels the same”を唱える。会場に観客と演者が集まってライブをやるよりも、ネットワークを通じてより広範にみんながfeel the sameしたかもしれない。あるいは、よりそれぞれが違う体験をし、違った思いを抱いたかもしれない。直前の岸田繁の「いいんじゃないですかコレが最後の曲で」という言葉のとおり(MCが長引き、時間の都合で一曲削って終わった様子)。
およそ1時間半私を夢中にさせて、メンバーは一列になってステージを降り磔磔の階段へ消えた。
むすびに
オンライン公演を楽しむというのは、多くの人がこの頃初めて体験することだと思う(あるいは未体験か)。かくいう私は家族の風呂や食事でろくに視聴環境の準備ができないままに時刻を迎えて焦った。視聴中も、我が家の幼児たちが「わぁわぁ」して平和な鑑賞とはいかなかった。ライブ後、3日間程度の見逃し配信期間がある。「逃す」どころか、リピートしていくらでもライブの視聴体験を「追って」摘み取れるのだ。
ライブ会場に赴いて生で一度きりの体験を持って帰るのとも違う。無料・または定額で特に期限もなく見続けられる動画配信とも違う。「ライブ配信」は、生演奏の代替じゃなく独自の媒体なのだという論にはすでに手垢がついているかもしれないけれど、今回体験してみて本当にそう思う。楽しみに時間的・形式的な幅がある。いつどこでどんな風に楽しむかは、個人に依拠する。私は自宅で酒をつくって飲みながら鑑賞した。結局、オンタイム中は妻ばかりが幼児たちにかまってくれた(妻、ゴメン)。でも、こういう家庭の風景と好きなバンドのライブが(バーチャルに)ひとところに重なる体験は今までになかった。翌日である今日も、プレイバックしながらこの文を書いている。
青沼詩郎
(敬称略)
LIVEWIRE
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