曲を作り続けていると、ときに似た感じになってしまいがち。
「自分」として曲をつくりがち。すると、すぐに「自分」を消費しきってしまう。すごい速さで、類い稀なる人生を送っている雲の上の人(もちろん実際はそんな人はおらず、みな地上の人間……のはず)ならともかく、私のような平凡な生活のパンピーの人生を切り取って曲にし続け、作品に幅を出し続けるのはなかなかむつかしい(もちろん、だからといって視点の移動や縮尺、切り取り方や見せ方の工夫を放棄すべきではない)。
そこで、自分とは別の人格を考える。その人のストーリーを語る。物語の登場人物を演じてみる。そうして新しい視点での創作を試み、幅を出す。これ、私に欠けていた視点。これから実践してみたい手法。
自分と対極の存在……なるべく遠いキャラクターを想像してみる。すると、私が想像したのはピンク街(風俗店が立ち並ぶ路上一帯を私はそう呼ぶ)の客引きのオニーチャンだった。ふだん私はピンク街に行かないし、風俗店も利用しない。
それでふと思い出したのが、hide with Spread Beaverの『ピンクスパイダー』だった。あれ、もしかしてピンク街の客引きの歌なんじゃないか? 人間の欲望を俯瞰した作品なのだ。比喩によって洒落や笑い飛ばせる表現に昇華するという事例は世界中の優れた作品に多いじゃないか。
もちろん、hide with Spread Beaver『ピンクスパイダー』はぜんぜんピンク街の客引きのオニーチャンの歌ではない。でも、リスナーがそういう主人公を想像して味わうのは自由だ。その意味では、ピンク街の客引きのオニーチャンは『ピンクスパイダー』を読み解くのに門外漢だとは言い切れない。ってか、入れたげたらいい。むしろ入れ入れ門から…(薮から棒に細野晴臣『福は内 鬼は外』より)。
Bマイナー調だけど、ブリッジらしき部分?(1分半頃、歌詞 “捕らえた蝶の……”)でBメージャーに転調して爽快な響き。3分〜曲のラスト付近でみられる、ストリングスの完全な半音下行も桃色の蜘蛛のダイヴ? を表現したかのよう。読むほどに魅入ってしまう歌詞。“ピンクスパイダー” “「失敗だぁ」”の押韻。
http://j-lyric.net/artist/a006267/l0001ae.html
おおむねシ〜ファ♯の5度に収まる音域を中心にしたボーカルだけど、最後の歌詞で一気に下のシまで下行させている。“空を流れる”のに、音程は地に落ちているのだ。何かの風刺なのか、観念的なのに痛烈だ。
この曲では、主人公は「別の人格」どころか「蜘蛛(ピンクスパイダー)」だ。“借り物の翼では上手く飛べず” まるで現実の人間を描くよう。他人の資源や財産を奪った者の失墜。富は奪えても、幸福や本質的な豊かさは奪えない。
羽根は、蝶と一体のものなのだ。蝶と切り離してしまったら、機能しなくなる。羽根さえあれば飛べるのではない。一体のものとしての蝶。蝶の体の一部を特定して羽根と呼んでいるに過ぎない。
「あいつのアレさえ俺にあれば」と、他人の何かをうらやむ。金、容姿、才能、若さ、名声。生まれや育ちといった境遇、地位や地理(地の利)。それさえあれば、自分もその享受者、所有者みたく立ち回れるとやっかむ。しかし実は「それ」は享受者や所有者と不可分のものであり、切り離した時点でただの「かつてそれだったもの(亡骸)」になってしまう。それを自分につけかえたところで、下手をすればイミテーションにすらならない。
失敗した蜘蛛は、まっさかさまに墜落する。MVの冒頭、地面に伏せっている半裸白塗りの女性は、墜落した蜘蛛だったのか。
よく歌詞を見てみると、曲中一度も「蜘蛛」とは出てこない。あくまで「ピンクスパイダー(Pink Spider)」だ。曲の最後の部分、この寓話を結ぶ一行が“桃色のくもが 空を流れる…” と、ひらがなになっている。「雲」と「蜘蛛」をかけたのだろう。
・蜘蛛(Pink Spider)の墜落への同情を映すかのように、桃色の雲が流れる
・(主人公の)蜘蛛は死んだ。天に昇って、桃色の蜘蛛は空を飛ぶ(流れる)ことができた
・失敗は死でない。あるいは同じ個体かどうかは別として、桃色の(存命の)蜘蛛が空を流れる日が現実のものとなった
どの解釈もいいだろう。同時にも成立しうる。はじめから「雲」は桃色だったかもしれない。
2回目にメージャーに転調する“わずかに見えた あの空の向こう”のところで、蜘蛛は今際の際にあるのかもしれない。そして冒頭で“君は 嘘の糸張りめぐらし”とあるその糸を切り裂き、「自分の生命」を“ジェット”に、天に昇るのだ。嘘との決別だ。
蜘蛛は糸を出すことができて、獲物を捕らえたり移動したりするのに利用する。その能力は、蝶にも鳥にもない。蝶や鳥が「糸」を借りても、うまく使えずイミテーションにすらならないだろう。
自分にないものを持つ他者をやっかむ心理が私にはわかる。そういう心を持ってもいる。それは、私の身を滅ぼすかもしれない。「蜘蛛は蜘蛛の身分相応にしていろ」などというつもりはないが、蜘蛛は蜘蛛であることをやめられないのと同じに、私は私であることをやめられない。
自分が自分であることを思い悩むとき、第三者が利己のためにそそのかしてくることもあるかもしれない。それに乗って利用され、失敗することもある。やって失敗する自由もあれば、やらずに失敗さえしない自由もある。「何もしないこと自体が失敗」もある。
(本文中の“”内は引用、hide with Spread Beaver『ピンクスパイダー』 作詞・hideによる。)
青沼詩郎
hide with Spread Beaverのシングル『ピンク スパイダー』(1998)
『PINK SPIDER』を収録したhideのアルバム『Ja,Zoo』(1998)
『ピンク スパイダー』を収録したhideのベストアルバム『We Love hide 〜The Best in The World〜』(2009)