まわり道のまわり道 「音楽教育専攻」

高校の軽音楽同好会でバンドをやっていた私は、何を思ったのか東京音楽大学へ進学した。というのも、実践をともなう学問として修めることを、ロックやポップをやるうえでの礎にする魂胆だった。それが功を奏したか、いまだにわからない。回り道だったようにも思う。

私は大学で、声楽とピアノをともに主科とする「音楽教育専攻」という名前のコースだった。「音楽教育専攻」の名のとおり、教員(音楽)を目指す学生もいるにはいた。でもほとんどは、「そこまでは決めていない人」「声楽、もしくはピアノ専攻を受験したが、併願で音楽教育専攻に受かった」「それ以外」の人だった。

実践をともなう「学」を礎に、という考えのもと、当初、私は芸術音楽としての作曲を学ぶ専攻を受験していた。作曲(芸術音楽コース)という専攻だった。そちらに私は落ちた。併願で受かった「音楽教育専攻※」へ進んだ。自分のやりたい音楽の中心はポップやロックという前提のもと作曲(芸術音楽)科受験のための勉強をした私だったが、「芸術音楽」はハードルが高かった。のちに作曲(芸術音楽)の教授・K先生に「あなたはそっち(音楽教育専攻)で良かった」と言われたのを覚えている。私は音楽教育に籍をおいて、声楽とピアノをせっせと(だらだらと)学びながら、和声(音楽理論)などの選択科目を積極的に履修した。めざした「回り道」(作曲:芸術音楽コース)の門に入れず、さらに回り道をしたかのよう。でも、卒業や進級があやうい学生に譲ってあげたいくらいに単位をとりまくっている学生だった。それをしながら、多重録音機を相棒に自分の楽曲制作をしていた。それが、今もメインにしている私の活動だ。

木下牧子『さびしいカシの木』との出会い、その後

音大に入ると、おもに誰かに師事することになる。私には声楽とピアノそれぞれ、合わせてふたりの師匠がいたが、なんのご縁か、そのふたり以外のほかの講師の演奏合宿におじゃますることになった。大学に入って最初の夏休みだった。

そこで知り合った先輩の学生たちに教えてもらった曲が木下牧子作曲、やなせたかし作詩の『さびしいカシの木』だった。

ソプラノ野崎由美、ピアノ小原孝

先輩いわくこの曲は「聴くものを必ず泣かす」という。

曲の内容をはじめて認知したとき、私は泣いたか? 正直覚えていない。記憶にないくらいだから、泣かなかったのかもしれない。

でも、ひたすらになんていい曲なんだろうと思った。沁みる。自分で泣いた記憶がはっきりとあるわけでもないわりには「聴くものを必ず泣かす」におおむね同意していた。

声楽の学生は、まずはドイツやイタリア歌曲を学んだ。日本語の歌曲を学ぶのは、そののちだった。3年生くらいでようやく、だったか。人による(師事する教員・講師による)とも思うけれど。私もようやく題材の中心を日本歌曲にシフトする学年になったときに、『さびしいカシの木』や『ロマンチストの豚』を師事する先生にみてもらったことがあった。いずれも木下牧子の曲集『愛する歌』(1995)に入っている。どちらも詩はやなせたかし

大学を卒業して10年くらい経ったころか。地域の子育て中の親と幼児向けのコンサートへの出演を依頼されて、この『さびしいカシの木』をふと思い出し、演奏したことがあった。『アンパンマンのマーチ』を曲目に入れていたから、やなせたかし関連でいい曲があると図ったのだ(ちなみに、お客さん:親と幼児は特に誰も泣かなかった。私の歌唱力と表現力のたまものか)。

歌は涙を誘うためにあるわけでもない。でも、ときに聴くものの涙腺からそれを導くことが確かにある。

曲の誕生に立ち会う 私が泣くとき

私は「音楽で泣いた体験」についていえば、自分でつくった曲に涙することが多い(気持ち悪っ、と思うだろうか)。曲の誕生に立ち会う瞬間がいちばん感慨深く、実際に涙が出ることがある。自分からこんな言葉とメロディが出るなんて、という点に感動するのかもしれない。

私は、自分で自分のための曲をつくる。「自分のことは自分がいちばんわかっている」という仮説を持つ一方、そんな自分から「思いもしない音楽」が生まれることが興味深い。だから、ずっと音楽をやっている。それが、他の人を「エモく」させるものかどうかなんて、はなはだ未知だ。たまたまそうなればラッキーだとは思うが、それを前提にすることはない。お金を得るため(だけ)にやっているわけでもないせいか、経済的な成果がなくてもずっとそういう活動が続いている。

「聴くものを泣かす曲」なんて枕は、邪念かもしれない。ヨコシマな記事である。でも、あなたがこの曲を知らずに人生を終えるくらいなら、今ここで知ってもらえたら良いと思う。曲をすでに知っているあなただったら、認知の反復になっただろう。それらの体験はきっと、あなたの得になる。こんな無文文士のたわ言でも、認知の足しになればそこから先はあなたを風の吹くほうへと導くふしぎな引力(因果の力:因力)を備えた作品が『さびしいカシの木』だ。

青沼詩郎

※このコースは私が入学した翌2007年度から体系ががらっと変わる。それ以降、このコースの学生たちは「音楽教育専攻」だからといって必ずしも「ピアノと声楽」を主科としない。声楽とピアノ以外に任意の主科を持つ学生が現れはじめた。

木下牧子 公式サイトへのリンク
https://kinoshitamakiko.com/

木下牧子氏ご本人Twitter。参考にいたしました。

『さびしいカシの木』収録作、三宅理恵と佐野隆哉の『十人十色』(2021)