思い出未満

サザンオールスターズの存在は、私のみるこの世界のこの国の景色にすっかり馴染んでしまっている。

それゆえにか、これまで、なんとなく接触してはまたはぐれて生きていくことを繰り返してきたように思う。

高校生のとき、一緒にバンドを組んでいたSくんがサザンオールスターズを好きだった。バンドで何をやろうか選曲をメンバーで考えているときに、Sくんは『マンピーのG★SPOT』を挙げた。バンド内のIくんが猛反対した。思い出未満である。

桑田佳祐『波乗りジョニー』

桑田佳祐+スーツ+メガネの違和感が、いかに彼がミュージック・ヒーローとして私に刷り込まれているかを思わせる。

私は桑田佳祐のソロが好きだった。私が中学生や高校生くらいだった頃、桑田佳祐のソロのリリースが活発だった。『波乗りジョニー』(2001)。コカ・コーラのCMでひんぱんにテレビから流れた。カップリング曲の『MUSIC TIGER』は桑田佳祐がひとりで各パートの楽器を演奏している。その頃私自身も、多重録音で各パートを自ら演奏するスタイルにのめりこんでいくはじまりの時期だったから、桑田佳祐もそのスタイルを用いる素晴らしいミュージシャンのひとりなのだと認識したきっかけだった。多重録音を用いてひとりで各パートを演奏する私の定番ヒーローとしては斉藤和義、奥田民生がまず浮かぶ。それからだいぶ大人になってからビートルズをちゃんと聴くようになって、ソロになったポール・マッカートニーもひとり多重録音を用いるヒーローだなと認識した。洋楽だとスティーヴィー・ワンダーやレニー・クラヴィッツも。曲のすみずみまで自分の腕と責任の範疇にしたいという制作への姿勢を尊重すれば、そうなるのは必然だと私は思う。もちろんバンドはバンドの良さがあるし、ひとりですべてを担うのは脆さになりうることもわかっている。さまざまなスタイルから選び取って、なるべくしてなったかたちのひとつでしかない。バンドも、ひとり多重録音も、打ち込みでもなんでもそうだ。

その存在が『みんなのうた』

サザンオールスターズはとにかく楽しませてくれる。ハチャメチャに勢いがある。デビュー曲『勝手にシンドバッド』(1978)タイトルの由来は沢田研二『勝手にしやがれ』とピンク・レディーの『渚のシンドバッド』をつなげてネタにした志村けんの芸からという。

こちら『みんなのうた』では自分たちのデビューをふりかえり、ステージに立てたことや応援への感謝を歌詞に乗せる。ほろ苦さを爽やかでポジティブなエネルギーに変えて疾走している。聴衆みんながサザンの存在を、彼らとの共存を完全に受け入れて見えるステージに感動する。一朝一夕で築けるものではない。やっぱりサザンは、世界の一部なのだ。

その存在が世界になじんでしまっているという意味では、水か? 空気か? 食べ物やインフラか? とも思う。

それらがある世界に私は生きている。

それらがあるから生きられる。

確かに音楽はそれらがあって、その次かもしれない。

でもそれらがある世界と、音楽は共存している。

いつも思いもよらないことが立ちはだかるこの世界で、サザンオールスターズは先の6月25日、かつてない規模の無観客ライブを成功させたとロッキング・オン・ジャパン誌で見た。絵空事もリアルもぜんぶつなげて、わたしもあなたも「サザン」に含めてエンターテイメントにしてくれる。もはやバンドだとかJ-POPだとかいうだけの話じゃない。存在自体が『みんなのうた』なのだ。

青沼詩郎

サザンオールスターズ
http://southernallstars.jp/