作詞・作曲:岸田繁、編曲:Quruli Eclectic Quartet。くるりのシングル(2008)、アルバム『魂のゆくえ』(2009)に収録。

なんとまぁピアノの流麗なことでしょう。間奏の16分音符の糸のような滑らかさと繊細なリズムの機微、空間を自由にとびまわる無垢さ。イントロの4度の和声音程を連ねた感じのフレーズが目新しいことのはじまりを予感させます。現代的な響きですし、伝統をふまえる作法や習わしのようなものも感じます。

ドンドンスコンと抜けがよくパワー感もありひたすらにウォームなドラムスのトーンが耳福。「響きのあるロック」への愛着、その探求の深みを感じる、私としても見習いたいずっと聴いていたい理想のひとつといってよさそうなドラムスの音です。

管楽器とくるりレパートリーの縁を語るうえで『さよならリグレット』は絶妙な塩梅をみせています。金管と木管のどちらも使われているでしょうか。いずれもあたたかくふくよかで器量のよいサウンドです。どのパートにも暖かさやエネルギーを感じるのに、それらを組み合わせた時でも飽和せず調和しており、音の扱い、演奏への心遣い、すべての所作が緻密に手をつなぐソングライティングや楽曲制作はまさに私の関心の的で、本人たちの身辺でおこる、私の想像を超えるディティールの神秘が狂おしいです。

キュートな個性が耳をひきつける、ハーモニーパートのボーカルは土岐麻子。『BIRTHDAY』『コトコトことでん』など、女声パートを調和させたくるりレパートリーの数々についても、その文脈が胸にうかんできます。

話を『さよならリグレット』に戻しまして、ⅳの低音上に乗せるⅤの和音など、低音と上声のなす響きの折々。くるり印といいますか、彼らなりの「はんこ」を惜しみなくぺたぺたと並べ・連ね・重ねたコラージュ絵のような、かわいらしいのに品のある遊びと純心がホームグラウンドで小躍りするみたいな祝祭感を覚えます。

“いつから出てこない 魔法のメロディー あの頃を思い出そう”(『さよならリグレット』より、作詞:岸田繁)

たとえミュージシャンでなくても、一生に一曲はまぐれですごいヒット(しそうな)曲を書いてしまうみたいなことって、ニッチなあるあるなのではないでしょうか。詠んだこともなかった短歌や俳句がふわっとおりてくる、でもいい。なんの変哲もない水曜日の夕方にふと作った奇跡みたいな美味カレーかもしれません。街の住宅地にあるちょっとヘンな建築物とかでも良いでしょう。一生記憶に残って反芻する、親戚のおじさんの何気ない一言とかかもしれません。

何かピークやハイライトに相当する経験があって、それと現状を比べると、あれおかしいなとか、もう俺の才能は枯れたのかなとか、とっくに若さを失ったんだなとか思って、幻滅するのかもしれません。でも、まぐれとか魔法とかに思えるようなピークもハイライトも、それが生じるバックグラウンドあってのこと。空模様が今日は特別きれいだなとか思う日も、日常の連なりのなかに存在しています。

“泣いて笑って 呼吸を止めて出ておいで 夢なら醒めてよ 途中でいいけど”(『さよならリグレット』より、作詞:岸田繁)

なんのことかよくわからないのが意味深で、「思いつき」や「寝言」系の歌詞の発想のベクトルを思わせるのですが、それももちろん意識してか無意識のもとかはさておき「作為」の結実です。こういう、なんのこと言っているかわからない気もするしいろんなことに重なる気もする言葉の導きがくるりの魅力のひとつで、今日の私はそこにおかしみ・妙味を見出してニヤリとすらしています。「この人はこういう歌詞書かせると天性だな」と、あるソングライターの複数の作品を追っていくと実感することがしばしばありますが、岸田繁さんの歌詞つむぎには、こうした、なんのことをいっているのか限定しかねる広がりが、おみそしるのお出汁みたいな、ありふれてどこにでもあるような、それでいて高級旅館でも出くわしうる貴重なもののような滋味・うまみがあり、その機微や光の加減の天性を思わせます。

観念系・抽象系の歌詞には、「こう来たらこう来るときれいにまとまる」みたいな典型もあるといえばある気がします。それを踏むと確かにきれいなのですが、つるつる・さらりとした質感になってしまい、ひっかっかりがなくなってしまいます。すまし過ぎて味の立体感まで失ったすまし汁、みたいな……(伝わります?)。

『さよならリグレット』の歌詞は私のなかの最も率直な人格にいわせれば正直何を言っているのかよくわからないところも少なからずあり、ほかでもないそこが絶妙な風味を醸しています。純朴なのにクセ強(つよ)。ただわけがわからないのでは困るのですが、抽象・観念系の「いい感じ」の典型を基礎にインストールしつつも、「そこ、そう来るんだ」という意外さ、はしばしの響きにくせ毛のようなナチュラルなハネ感があり、ボケる意図のない形状が見る人によってはボケみたいに見えうるのが非常に気持ちよいのです。寝ぐせは、笑わそうと思ってつくものではないのに、結果として、ちょっと可笑しかったり可愛いかったりしますよね(愛おしいので、もう直さんどこ……みたいな)。

寝言とか寝ぐせとか、静的な休養行為にともなって生じる創造性や偶然の妙味みたいなものを、今日の私はくるりのサウンドに見出して嬉々しています。

青沼詩郎

参考Wikipedia>さよならリグレット

参考歌詞サイト 歌ネット>さよならリグレット

くるり 公式サイトへのリンク

『さよならリグレット』を収録したくるりのアルバム『魂のゆくえ』(2009)

『さよならリグレット』を収録したくるりのベストアルバム『くるりの20回転』(2016)

ご笑覧ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『さよならリグレット(くるりの曲)ピアノ弾き語り』)