岩崎宏美『すみれ色の涙』紅白歌合戦 1981年

まっすぐ、ととのって飛んでいく歌声。惚れ惚れしていると2コーラス目で感情が歌声を支配してしまいます。ファンの激励がとびます。どんな気持ちだったのでしょう。紅白歌合戦への出演は初めてではないはずです。

最後の方には遠くで男声コーラスが支えるかのように即興で歌っているように聴こえます。ほかの出演者のバックのために待機していたコーラス隊が即興で岩崎宏美の援護を図ったのかなと想像します。歌が楽曲の世界を飛び出して現実と地続きになった感動を覚えます。

曲の名義、概要など

作詞:万里村ゆき子、作曲:小田啓義。ジャッキー吉川とブルー・コメッツのシングル『こころの虹 』(1968)のB面。1981年に岩崎宏美がカバー、シングル発売。

『すみれ色の涙』を聴く(アルバム『すみれ色の涙から…』収録)

イントロのメロディがなめらか。心をつかみます。トーンはなんでしょう。シンセ・キーボードの演奏でしょうか。まろやかな減衰系のチャイムのような音です。

右にグラマラスなサウンドのアコギのストローク。

左にストリングスが壮麗に合いの手します。

左にウラ打ちのリズム。キレの短いタイトな演奏はエレキギターでしょうか。エレキギターにしてはなんともいえない音色をしています。12弦ギターでしょうか。もしくはマンドリンかしら。ウラ拍をアクセントしてベーシックリズムをなしています。

右にはクラベス(拍子木)やコンガもしくはボンゴのラテン系、トライアングルも入ってきます。

エンディングにはお遍路さんや僧侶を想起させる「チーン」と響く金属質。鉦のような自転車のベルのような。ひもの両端に、平たいが厚くて小ぶりで、ベーゴマか小皿のような形状の金属の塊がついていて、金属部分どうしをぶつけてチーンとならす楽器?があったと思います。あれかしら(後述)。

中央付近にはアコーディオンがかバンドネオンのような「ふいご系」。イントロ・間奏ではシンセキーボードがメインモチーフを奏でていましたが、エンディングではこのふいご系がメインモチーフを執ります。

2メロで目立つのがディレイ(こだま)するピロピロ(ピコピコ)いう音。これもシンセ・キーボードでしょうかね。複雑なリズムをなします。

曲のサイズや曲想はコンパクトですが楽器編成は多様です。まとめあげた編曲の匠は萩田光雄。この方による他の編曲実績はたとえば久保田早紀『異邦人 -シルクロードのテーマ-』。そちらでも編曲の妙にうなったのが記憶に新しいです(最近聴いたので)。

フィンガーシンバル、あるいはマンジーラ

エンディングでチンとなる楽器。

検索してみるとこれか。フィンガーシンバル、もしくはマンジーラでしょうか(参考サイト:パーカッションライブラリー)。

こちらの動画の音色が近い気がします。やはりマンジーラでしょうかね。動画ではチベッタン マンジーラと紹介されています。チベットの楽器なのでしょうか。

衝突の瞬間、鋭く大きく純んだ音波がスピードをもって散り、余韻は心を澄まし鎮めるよう。

萩田光雄の編曲が醸す異国情緒

萩田光雄による編曲で久保田早紀『異邦人 -シルクロードのテーマ-』岩崎宏美『すみれ色の涙』に私がうかがい知るのは、異国情緒、特定の地域や文化・風習を想起させる音使いをポップミュージックのメインストリーム、主たる潮流のなかで大胆かつ適切に光らせていることです。

岩崎宏美『すみれ色の涙』ではエンディングのマンジーラ(あるいはフィンガーシンバル)やふいご系(アコーディオン?)に情緒がにおいました。

久保田早紀『異邦人 -シルクロードのテーマ-』ではダルシマーという金属弦を叩いて演奏する楽器が入っていました。単に楽器の音色だけでなく、西洋楽器のヴァイオリン属が奏でるモチーフの音階で東洋のような異国情緒を醸していましたね。

歌詞 すみれ、色々。

“すみれって すみれって ブルーな恋人どうしが キスしてキスして生まれた花だと思うの”(『すみれ色の涙』より、作詞:万里村ゆき子)

歌い出しから、一文を言い終わるまでこちらの興味をひきます。一文で、Aメロを満たしているのです。

“すみれって すみれって”……と繰り返します。うん、うん、すみれがどうしたのでしょうか。

“ブルーな恋人どうしが”……お、恋の話ですか。それも“ブルー”とは。別れかかっているのでしょうか。何かあったのですか? それとも背徳感のある複雑な仲なのでしょうか。想い合っていても、二人の外側にある事情が干渉してくることはいくらでも考えられます。

“キスして キスして 生まれた花だと思うの”……ブルーな恋人どうしのキスってどんなものでしょうか。何がふたりをブルーにさせたのでしょう。二人に共通して関わる、不幸なことが何かあったのでしょうか。相手の関心事は自分の関心事……恋愛においては、ある不幸がどちらの身に起きたことなのかは関係がないのかもしれません……パートナーの苦痛は同様にもう一方の苦痛だと仮定するならば。

キスにもいろいろあるでしょうが、ここでは慰め合う場面に思えます。単に性欲の解決を「慰め」と表現することもあるかもしれませんが、もっと複雑な機微を感じます。いえ、あるいは……愛がさめてしまって、もはや二人のキスは単なる性欲処理の発露行為になり下がってしまった……という現実の醜さも想像します。即席に「醜い」と書いてしまいましたが、じつはそれこそを美しさのひとつに数えても良いかもしれません。

ブルー(青)に、現実の無情が滴り落ちると「すみれ色」になるのです。

“淋しかったから あなたを愛して 淋しかったから あなたを憎んだ 淋しかったから あなたにさよならを そしてひとつぶ すみれ色の涙”(『すみれ色の涙』より、作詞:万里村ゆき子)

あなたを愛した理由は、淋しかったから……だとしたら、やはり二人は「慰め合うこと」を目的にした関係だったのでしょうか。

憎んだ理由も、「淋しかったから」なのか。淋しさは、愛や憎しみをはけ口とするのか。それによって解決が図れるものなのでしょうか。

淋しさの正体とは? 孤独でしょうか? そこにわずかな性欲や承認欲がまじったものが淋しさでしょうか。あるいは、喪失による不安か。失ったものが何かにもよるでしょうか。不足や不満?

ただの「不便」と淋しさはちょっと違うかなと思います。人肌のようなものがそばにあって欲しいと願う気持ち。能動的に、自分の意思で動く、命あるものにそれをして欲しいという望み。淋しさはネガティヴな感情のイメージかもしれませんが、意外と未来志向の感情な気がしてきました。気のせいでしょうか。

“淋しかったから あなたにさよならを”……淋しいから“あなた”を愛し、“あなた”を憎んだのだったと思った矢先、「淋しさ」ゆえに、あたなとの離別を志す……これはどういう心境でしょうか。

愛は憎しみに変わり、憎しみは別れへの意思に変わるという訳でしょうか。愛、憎しみ、別れとは、まるで地平から天球に広がる夕空のグラデーション。ずっとどこかにとどまるにも、それなりの労力が要りそうです。恋人の関係は刻々と色彩を変えるのでしょう。恋……いえ、愛?

“すみれって すみれって あなたとわたしの青ざめた 心が 心が 咲かせた花だと思うの”(『すみれ色の涙』より、作詞:万里村ゆき子)

1コーラス目では“ブルーな恋人どうしが”と、「特定の誰なのか」を避けた表現でした。2コーラス目では自分たちの関係にクローズアップした表現に変わりました。

描く対象や範囲を絞ったり、抽象から具体へ推移するカメラワーク。作詞の世界のみならず、フィルムや漫画でも頻繁に用いられる見せ方ではないでしょうか。

2コーラス目の歌詞におかしみを感じるのは、“すみれって”と、一般名詞を連呼したあとに、“あなたとわたしの青ざめた心が 心が咲かせた花だと思うの”と、あたかも一般性を獲得している事物が自分たちに由来するものであるかのように表現しているところです。

「すみれ」にも千差万別、個体差があります。その中のひとつは、あなたとわたしの心が咲かせた花である。それもまぎれもなく「すみれ」のひとつです。固有のすみれは、一般のすみれの中のひとつなのです。これを読んでいるあなたが、一般にいう人間の中の一人であり、同時に特定の個人であるのと同じように。

コード進行

イントロはD♭メージャー調です。

イントロ:|G♭ A♭|D♭ B♭m|E♭m F7|B♭m|

といった感じでしょうか。

3小節目のF7をのりしろに、B♭m調にうつろいます。その直前のE♭mのコードは、D♭調においてもB♭m調においてもサブドミナントです。

D♭調とB♭m調は平行調。五線譜の調合は共通でフラット5つです。

D♭調におけるF7は度数でいったら「Ⅲ7」といったところでしょうか。Ⅲ7には、せりあがるような独特の緊張感があります。

平行調の短調に転調することなく、そのままの調に居続ける使い方の例が、ポップやロック曲において非常にたくさん見られます。

70年代くらいの作曲のプロが歌手のために量産する時代から、シンガーソングライターやバンドマンらが自身がパフォーマンスするものを自作する例が多くなってからの時代により多く、「その調に居続けるⅢ7」が増えたように思います。

対して『すみれ色の涙』では、前の長調におけるⅢ7を経て、平行調の短調に転調してAメロが紡がれます。

繰り返しになりますが岩崎宏美が歌い、シングル発売したのが1981年。それ以前にジャッキー吉川とブルー・コメッツのシングル『こころの虹』のカップリングで『すみれ色の涙』が発表されたのが1968年です。

想像ですが、1981年という岩崎宏美がリリースした時代においてもすでに、前の時代をひきずったような匂いをまとってリスナーに受け取られたのかもしれません。岩崎宏美は姉が所有していたジャッキー吉川とブルー・コメッツのレコードを制作会議に持参した、というエピソードがあるそうです。

「Ⅲ7を経て、ちゃんと次の短調に転調するパターン」と特定の時代をむりやりこじつけた話が以上です。

むすびに 紅潮した幸せの対

歌詞の項目で、「淋しさの本質は未来志向である」かのような話をしました。イントロや間奏・後奏はさておきA・Bメロの本体は短調で、恋愛の陰・暗い側面をモチーフにした曲のように一見思えます。

『すみれ色の涙』には、特定の時代においてしか理解されない主張ではなく、普遍が投影されています。紅潮した幸せな気持ちの対となる、青ざめた心情。これを「すみれ」という一般名詞を用いて、「わたしとあなた」という特定の人格を配役に表現しました。

「すみれ」は「植物」という集団の中の特定の集団をさす名詞であり、「あなたとわたしの心」が咲かせる固有のすみれ(特定の個体)もその中に属します。

点は線に属し、線は面に属す。

恋愛の一瞬も、現在・過去・未来のどこかに属し、それは線・面・立体……時空でつながる普遍なのです。

青沼詩郎

岩崎宏美 公式サイトへのリンク

『すみれ色の涙』を収録した岩崎宏美のアルバム『すみれ色の涙から…』(オリジナル発売:1981年)

『すみれ色の涙』『ロマンス』ほかを収録した『岩崎宏美 GOLDEN☆BEST』(2007)

ジャッキー吉川とブルー・コメッツのシングル『こころの虹』(1968)。このシングルのカップリングが『すみれ色の涙』の原曲。

ジャッキー吉川とブルー・コメッツ『すみれ色の涙』

https://youtu.be/eM1juxb7c0w

ズンズンと響くベース、ドラムスのオープン・ハイハット。彼らのベーシックリズムには華があります。美空ひばり『真赤な太陽』を思い出します。

ヴァイオリン属にコーラス(バックグラウンド・ボーカル)が壮麗です。右からは笛の音。

サビの決め句“そしてひとつぶ すみれ色の涙”のところでぐぐっと絞るダイナミクスが妙技。

エンディングの和音のサスペンデッド・フォースの解決は長和音。岩崎宏美版は短和音。

ご笑覧ください 拙演