生もの『Let It Be』の魅力

The Beatlesのアルバム『Let It Be』に注目している。9月に北米で新しいドキュメンタリー映画が公開されるというのも理由としてある。自分の注目の対象と時事を結びつけて、自分が季節外れでないことを肯定しているだけなのだけれど。

本当のところ、いつどんなものにどんな理由で注目しようと自由だ。なんで私はこんな自己弁明をするのか。社会の一員の仮面をかぶろうとする。それでいて、孤独でいたい。優しくしてほしいから優しくするわけじゃない。でも、優しくするから優しくしてほしい。どんなやねん。

The Beatlesの『Let It Be』は、彼らのキャリアの最終期のアルバム。その時期のメンバー間や周囲との関係もたぶんいろいろあったのだと思う。それがそのまま形になったアルバムだ、とも思う。これが完全で完璧かなんてわからない。それでも、そのときその瞬間を時代に刻んでいく。足跡を残していく。バンド、音楽、人間。個としてのそれ。集団としてのそれ。すべてが「生もの」であることを私に強く思わせてくれる。それが、私にとってのアルバム『Let It Be』の魅力だ。

『Across The Universe』聴き比べ

アルバム『Let It Be』の3曲目に収録されているのが『Across The Universe』。

この曲にはたくさんの録音が存在する。

・アルバム『Let It Be』(1970)

厚みのある音作り「ウォール・オブ・サウンド」で有名なフィル・スペクターのプロデュースによるストリングスとコーラス(声)が入っている。全体的にも暖かく広がりのある仕上がり。ジョンの声やアコギのコーラス(エフェクト)がかかったようなトーン、ミャウミャウと鳴るエフェクト(ワウ?)のかかったエレキギターも印象的。壮麗で儚い。The Beatles『Hello,Goodbye』を思わせるストリングスの上行メロディでエンディング。

・『Past Masters』(1988)、『No One’s Gonna Change Our World』(1969)

チャリティ・コンピに収録されたのが最初。「バード・バージョン」としてファンに認知されている。その愛称のとおり、オープニングに鳥の声。遠くに人の声も聞こえる。緑の多い公園の風景を想像する。

このバージョン、プライベート・ワークっぽくて私はとても好き。左に定位したコーラスの女声はなんとレコーディング時にスタジオ前に偶然いたファン(リジー・ブラヴォー、ゲイリーン・ピース)だという。セッションに参加できるなんて、「好き」が余ったら追っかけてうろついてみるもんだなと思う。右側に定位したジョンのものと思われるコーラス・ボーカルが左の女声コーラスとかけあう。シタールとワウワウギターが飾る。アコギもやっぱりコーラスがかった感じの広がりのある音。

私がこの音源を「プライベート・ワーク」っぽく感じる原因は、残響のせいかもしれない。残響は少なめ(少ないほどに業界人は「ドライ」と表現する)。素朴ではっきりとしているけれど、ちょっとぼけた暖かみのある感じの音像。これが、私が日頃取り組んでいる「宅録」サウンドに通ずる部分がある。私が親近感を抱き、好むわけだ。ピアノ、シタール、マラカス…ひとつひとつが素直に収録されてミックスされている印象。

フィル・スペクターによる音源は、世界のビートルズによる商業作品としてのエポックだ。一方「バード・バージョン」を、いち宅録と音楽を愛好する私が、胸に秘めた森のほとりで静かに目を閉じて賞賛している。

・『Let It Be… Naked』(2003)

アルバム『Let It Be』のリミックス。でも収録曲も収録順も、オリジナルと変わっている。オリジナルメンバーの音を残して、派手な香りは削がれた。包み解かれ、剥がされた印象。残響が冷たい絹のよう。非常にクリアで芯があって透明なサウンド。映画『Let It Be』に使われた本来のアレンジ・編成? に近いのはこちらだとも聞く。ジョンの音像が非常に近く聴こえる。エンディングのフェードアウトは宇宙の深淵を思わせる美しさ。硬質な音のシタールを聴いていると、インドの哲学に目覚めてしまいそう。ガンジスで脈々と輪廻する命を思う。

・『The Beatles (White Album / Super Deluxe)』(1968→2018、アルバムリリース50周年記念エディション)

いちばんデモっぽい。ジョンの私室から直接届けられたかのよう。ひとりの人間としてのジョンを感じる。そこに親近感があり、音楽愛好家の個人として私は神妙な共感と感動を覚える。サウンドの構成はほぼジョンひとりの弾き語り。太鼓(バスドラムか、フロアタムか?)が入っているよう。リンゴの演奏か。エンディングでギターストロークの書き込みが増える。演奏の止め方もデモっぽい。裸の曲。素材の良さをそのまま味わえる。

・『Anthology 2』(1996)

たくさんの弦がしなやか、きらびやかに絡み、響く。リンゴがスワルマンダルという弦楽器、いわばインドのハープを演奏しているらしい。美しいアコースティックユニット。

ボーカルが左にずれて定位されている。現代の歌ものポップスだったらまずボーカルはど真ん中が99%だろう。ドラムやベースもおおむね、サウンドの核はセンターに置く場合が多い。

ビートルズを聴いていると、そういう現代とのギャップがおもしろい。確立されていなかった。自由にいろいろ試したんだと思う。彼らがパイオニアだった。なかなか私は、自分の録音物でこうした定位をやる勇気はない(必要もないかもしれないが)。けれど、思えば自分がライブに出演するとき、私は必ずしもステージのど真ん中に立つとは限らない。そうした、左右にずれて立ったときのバンドの音像を再現すれば、録音物も自然にそういうことになるはず。なのに、これをなかなかやらない。

まぁ、録音は録音だから別といえばそうだ。でも、慣習とか別にいい(いらない、気にしなくていい)のになとも思う。イマジネーションがあれば、そこに向かえばいい。そもそも「想像」するものが固定観念に引っ張られている自分を思う。自分の「イマジン」を改めたいと思った。

宇宙遊行

たくさんある録音、いずれにも魅力がある。曲が生きている。

歌い出しの一連の歌詞は、「就寝前にしゃべり続けるパートナー」とのジョンの体験が基になっているとする解説がある。詩だな、と思う。

世界を変えられない?

世界って、いいものなのか? そもそも、いい・わるいじゃない?

世界は世界として、「私の世界」がある。

それは誰にも変えられない。

そう思うのもいいだろう。

神があるかないか知らないが、宇宙に感謝だな。それは思う。

青沼詩郎

参考書
『ビートルズを聴こう 公式録音全213曲完全ガイド』中公文庫、2015、
里中哲彦・遠山修司

Wikipedia アクロス・ザ・ユニバース
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9