作詞:鈴木勝、作曲:服部良一。映画『春の饗宴』(1947)劇中歌。笠置シヅ子のシングル(1948)。

リリースがSP盤とのこと。ちりちりとノイズがかなりきついです。当然モノラル。

それはさておき、演奏、録音が良い。金管、ストリングス、ドラムス……要所でグイっと音量や存在感が前に出てくるパートが入れ替わり立ち替わりし、緻密にはまった編曲、演奏。

コンプレッサー(音量のばらつきを低減し、底を持ち上げて前にぐいっと音を張り付かせやすくする機器やエフェクト)とかこの時代に存在するのでしょうか。マイクとの距離の調節、演奏におけるダイナミクスのコントロールが音質、録れ音の肝であるのを思わせます(現代であってもそれは一緒)。笠置シヅ子さんの歌のダイナミクスが、そうしたエフェクトを通ったような「ならされた感じ」でないのがむしろ生き生きとして臨場感を覚えます。

ピアノのベースラインがブギウギの命でしょう。主音と第5音を両軸に、シックスの音を経由してずりっと上げ、リズミカルに跳ねるベースライン。一方、コントラバスのウォーキングベースはボンボンと強拍を流麗に押していきます。ピアノの低音がごく軽やかですが、輪郭はきちんと伝わってきますし、ウォーキングベースと協調しています。

Bメロの展開をあまり認知していませんでした。こんな曲だったんだ!と。おしゃれでフックが聴いており、非常にアカ抜けてかろやか(関係ないかもですけど、シャンソンとか思い出します。ブギウギだというのに……)。こういう和声の洒脱さと、野生的でウキウキする躍動する特徴的なリズムがあわさって、「東京(都市、City)」を名指しする歌詞が掛け合わさる。押韻だらけで平易です。これは衝撃だったでしょう、当時の世の中に対して。誰も(広く一般大衆は)こういう音楽を知らなかったのではないでしょうか。そういうセンセーションの面からか、以降の年代においてもメディアで戦後の象徴としてひんぱんに取り上げられる。けど、テレビなどで時代の文脈を紹介するときにこの曲がかかるのはせいぜいAメロまでの場合も多いのでしょう。浅知恵だった私は今回聴いてみてBメロに惚れました。

“海を渡り響くは 東京ブギウギ ブギの踊りは 世界の踊り 二人の夢の あのうた”

“世紀のうた 心のうた 東京ブギウギ ヘイー”

(『東京ブギウギ』より、作詞:鈴木勝)

海外からやってくるものに、すばやく反応する(あるいは反応しにこちらから行く)。都市は代謝する。時代遅れに非情。なんでもすぐ目新しさを自分のものにしてしまいます(厭きるのも早い)。

ブギは当時新しくてセンセーショナルだったのでしょうが、なぜこうも土臭いのでしょう。テンテテンテ……と、トリプレットのハネるノリが、日本の「音頭」に似ています。三味線で歌って踊る民謡みたいな。心のうたであり、心のリズム・ビートでもある。海外のものなんだけど、どこか自分たちの郷土と重なる。世界はおなじなんだと。場所に東京を冠しても、なんでも。あなたの街もブギウギ、ヘイ。

青沼詩郎

参考Wikipedia>東京ブギウギ

参考歌詞サイト 歌ネット>東京ブギウギ

『笠置シヅ子全曲集 東京ブギウギ』(2018)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『東京ブギウギ(笠置シヅ子の曲)ウクレレ弾き語りとハーモニカ』)