映像

BBC

TVプログラムでしょうか。左肩にBBCとありますね。サッチモことルイ・アームストロング氏、意外と小柄というかすっきりとした風貌。彼の顔まわりが大写しになったジャケットを見慣れているのでそう思いました。歯をむきだして眉間にいっぱいしわを寄せる表情づかいが独特です。笑っているようにもみえます。ほお骨のあたりの筋肉がクっと上がっています。そうすると、上の奥歯とほっぺたの間に隙間ができるとおもいます。口輪のまわりの筋肉で下にも引っ張れば、下の奥歯付近にもスペースができるのではないでしょうか。こうした口の中のスペースにおける響きがサッチモ・ヴォイスの秘密のひとつなのではないかなと勝手ながらおもいます。とにかく彼の歌声のキャラクターは唯一無二。フォローしてもただのモノマネになってしまいます。もちろん学ぶところはあるのですが。

左手にトランペットを持っていますね。この曲では吹きませんが、歌って、吹いて、歌って、吹いて……というのが彼のスタイル。きっとこのときのプログラムで他にも曲を披露したのでしょう。深みと明るみを両立したような紺色のジャケットが素敵。右手の動きでパフォーマンスにも表情を与えています。歌詞の「シェイキン・ハンズ」のところで握手するような仕草を表現してみせたり、パーにして開いて前に出したり握ったり左右に開いたり。「スカイズ・オブ・ブルー」と歌うところではトランペットを持ったままのほうの手の人差し指で天を指しています。両の手が顔面の表情のように雄弁です。

トロンボーンとクラリネットのマイルドでまろやかなアタック、サスティンがメロメロで気持ち良い。酔っ払ってきそうです。ポロポロと流麗なピアノのトーンは軽やかにきらびやかに。でも歌が主役のところでの奥ゆかしさは大人の品です。ドーン、コンコンとベースも小気味よくきもちいい。ドラムスのカツっというリムショットが愛です。シンバルづかいも繊細。

曲について

作詞・作曲:George Douglas(ジョージ・ダグラス)、George David Weiss (ジョージ・デヴィッド・ワイス)。 1967年に作曲・録音、1968年発売のルイ・アームストロングのアルバム『What A Wonderful World(この素晴らしき世界)』に収録。

ルイ・アームストロング『What a Wonderful World(この素晴らしき世界)』を聴く

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右にギター。ナイロン弦でしょうか? 右にちゃらんちゃらんときらびやかなグロッケンっぽい音もきこえます。エレキギターも右にいるか。

左にストリングス。フルートのオブリガードも左寄りでしょうか。Bメロっぽいところで目立ち、部屋鳴りの質感が目立ってきます。ブラスは右。トロンボーンでしょうか。

サッチモの声はオケとつかず離れず、ちょうどよい距離。音像もはっきりしていて、かつ空間の音響の質も感じさせます。

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ドラムス

右側にいますね。終始、スネアのリムショットで短く小気味良いアクセントを刻んでいます。キックは1・3拍目とその直前のウラ。スネアと組み合わせるとドッカ、ドドッカ……というパターンですね。ウワモノの刻みはライドシンバルでしょうか。チーン、チーンチチーン……という感じ。スネアやキックの打点とおおむね合っています。Aメロではライドシンバル、Bメロではハイハットでしょうか。変化を出しています。平静なところではハイハットのクローズドをつかい、曲が展開するところでオープンなライドシンバルで広がり豊かにするというポップソングにおけるドラムスの演出法もあると思いますが、この曲ではその逆をいっています。

ベース

右寄りでしょうか。1・3拍目のストロークにときおり2拍目ウラ・4拍目ウラを織り交ぜたかんじ? ウラ拍の打点はドラムスのキックと混じってややわかりづらい気もします。ウラを打つときはダイナミクスを抑えているのかもしれません。強拍がブーンと響きます。基本、指弾きでドゥーン、ドゥーン……という感じですが、歌詞が最後のラインを歌い、曲もリタルダンドあるいはフェルマータするところでボウイング(:弓をつかった音。アルコ。)している気がします。ベーシックリズム隊としての役割と和音をサスティンで出す役割を瞬時に切り替えている? のかもしれません。ここのフェルマータの曲の停滞、すごく良いですよね。曲の主題を歌うところです。ワット・ア・ワンダフル・ワールド。タイトルの通りですね。いちばん大事なことを言うところでリズム要素を引っ込める。つまり、歌詞、言葉がリズムの実権を握ることになります。マスター・オブ・セレモニーはほかでもないルイ・アームストロング。いいなぁ。ナイスアレンジです。

ギター

ナイロン弦のギターでしょうか。ポロロポロロとアルペジオが右にいます。1拍を3分割したリズムをずっと出しています。1拍目で上行したら2拍目で下行、というパターンです。プレーンな音色がうつくしい。

おなじく右寄りにエレキギターっぽい音色が聴こえる瞬間があります。あまり目立ってはいませんが、Aメロで2・4拍目に非常に柔和なダウンピッキングで和音を乗せている。グロッケンのようなエレピのようなトーンの「チャラン」という、和音を瞬時にバラつかせるアルペジオと馴染んで聴こえもします。

グロッケン

先に話したエレキギターと同じタイミング、Aメロの2・4拍目でチャランチャランと発音点をわずかにバラつかせたストロークで和音をキラリと添えています。3音以上が瞬時にバラついた音に聴こえるのですが、片手に2本以上持って最大4本のマレットを操る奏法でしょうか。エレクトリックピアノのようにも聴こえるのです。玄人の仕事ですね。エンディングで最後の和音をフェルマータするところではほぼ主役です。上行音形で曲想を天高いところまで連れて行ってくれる。夜空に星が輝く映像をみせてくれているような気さえします。

ビブラフォン

Bメロで左側にあらわれます。はっきりとした音像で揺れる和音を置いていきます。出どころを絞っていますが曲のイメージを占める重要な音です。同族楽器のグロッケンもいるのですが、音色の面でもアレンジの面でも棲み分けバッチリ。

ストリングス

左側寄りに和音を出す隊がいますね。ヴァイオリン2パートくらいの高音パート中心かな〜と一瞬思いましたがAメロ折り返し頃から低域寄りの音色も目立ってきます。ヴァイオリン・ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ編成でしょうか。主に強拍でボウイングして和音を出す役割ですが、Aメロパターンの5小節目のアタマを休符にして2拍目から動き出す。アタマでふっといなくなって、サッチモの歌が裸になるような感じがして引き立ちます。憎い編曲です。

フルート

AメロとAメロのあいだで歌が消えたときに雄弁に合いの手をうたいます。2本のユニゾンはオクターブでしょうか。厚みを感じさせるのにどこか空虚な、哀愁ある旋律です。

Bメロでは花鳥風月を感じさせる、非常に意味ありげな音形を聴かせてくれます。オフマイクな感じの録れ音がまた、樹上の小鳥の会話を思わせます。中央もしくはやや右寄りに先に聴こえてから、左側のパートが呼応するように聴こえるのです。問いかけと答え。性格のちがう個体のかけあい。編曲と演奏に猛烈に感動してしまいました。

ブラス

このフルートのかけあいに続いて出てくる金管の重音もまた良い。低いところから込み上げる和音です。それより少し前、歌詞“And I think to myself What a wonderful world”にカブってくる単音がまた渋い。人の声のような音域。下行音形です。歌詞にあいづちを打つよう。この音形はBメロを経てAメロが帰ってくるところでもまた聴けます。楽器はトロンボーンでしょうか。他にもいる?

コーラス

一番最後に存在に気付いたパート。Bメロに入って5小節目から登場。歌詞が“I see friends shaking hands”をうたうところからです。「Uh〜」とハーモニーするのですが、歌詞が“They’re really saying I love you”と歌うところの“I love you”を歌詞ハモしています。

友たちが、握った手を振っている。元気してるかいと声をかけあう。彼らは愛を伝え合っているよ、本当に……といった感じのところでこのハーモニーと歌詞の重唱です。基本、サッチモの独唱が曲に含まれたヴォーカルのすべてなのですが、ここでのみ、群像を演出しているのです。

サッチモの語る歌の言葉はどこか神目線というか、客観した主人公。だから、愛を伝え合う友らを描くところで、ほかのヴォーカル要素が出てくる必要があったのかもしれません。一番最後に気付いたパートでしたが、この曲が持つ一番重要なメッセージをこのアレンジが伝えてくれているように思います。、なのだと。

メインヴォーカル

サッチモの歌唱のキャラクターがこの曲のボディです。これがすべてを伝えています。でもそれは入り口でした。アレンジをこまかくみていくほどに、曲のすみずみまで、あらゆる要素を駆使して私に愛を伝えてくれていることに気づきました。

それはそれとして、やっぱりルイ・アームストロングのヴォーカルです。こんなに超越した視座で語れる声がほかにあるでしょうか。喉がごろごろ鳴るような唯一無二のキャラクター。

こまかく震える息遣いは、笑っているようにも感じますし、私たちに、人類に、愛に、花鳥風月に猛烈にあいづちを打って頷いているから震えて聴こえるのだ、という気もします。冒頭でシェアした動画のように、顔面をいっぱいにつかって、めいっぱいに目尻を下げてニっと口角を上げて歌う彼の顔が浮かびます。

スタジオでマイクの前に立って歌ったのを録ったのだとしても、その瞬間が世界のすべてとつながっている気にさせる。名演です。

後記

涙と鼻水ぐちゃぐちゃでこれを書いています。聴くほどに、どんどん感動のポイントが次から次へと出てくるのです。こんな体験は初めてだ……。

ざっくり聴いたときにもグっときました。いちばん表面にある、ルイ・アームストロングのヴォーカルにまず感動。でもそこから入っていって、地続きの景色のひとつひとつに感動し、その一番奥には、一番表面にいたはずの彼の歌声がまた待っているのです。

感動でぐちゃぐちゃの私の顔面は、あんがい歌っている最中のサッチモの表情に似ているかもしれないぞ。僕のカオ、その表面にもルイ・アームストロングが生きているのです。

青沼詩郎

『What a Wonderful World』を収録したルイ・アームストロングの同名アルバム

ご笑覧ください 拙演