人前での涙を隠す・許容する美徳

小椋佳さんによる提供曲の研ナオコさんの曲。33枚目のシングル、13枚目のアルバム(Wikipediaによる)とのことで……一度見たら忘れない、タレントさん、テレビの人との認識が私にとっての先の研ナオコさんのイメージでしたが、ばりばりの歌手活動キャリアの方です。

“男にはできないことだもの 泣かせて”。その性別らしさ。男だからどうだ。女だからどうだ。といった表現は昭和っぽいし平成にも残っているでしょうが、その性別らしさを一定方向にのみ強くとらえた表現は、言い過ぎてみれば一種の名残みたいなもので、たとえば固有名詞のような記号でしかない、というのもひとつの解釈です。そういう記号化そのものに、ある特定の個人だけが損をしたり得をしたりすることがあまりなさそう、つまり基本的に集団のものなので、まぁしょうがないかなとされてしまいがちです、強い圧力、潮流の強さに押されて……。そうした記号化自体に意を唱えるのはけっこうホネの折れる運動になってくるでしょう。特定の分野を超える広い範囲で、記号化に起因する諸問題に現代がいつまでたっても苦労をし続けている理由もそうした根深さがあります。あまた、昭和や平成にかけて発表された大衆歌謡などにみる、ある性別らしさを一方向にとらえたことがうかがえる表現を石を投げる対象にするのではなく、末長く物事を……たとえばある時代における記号化がいかに暴力的か、あるいは反対に社会背景を考慮すると妥当なものだったかを考える種、千種にするべきだと私は思います。私にとってあらゆる時代の大衆歌、商業音楽や民謡が学びの題材なのです。

本曲において、小椋佳さんは職能を発揮され、限られた音域で歌いやすくなめらかなメロディをその特徴の筆頭に、記号化ゆえに接着をこころみる歌い手を特に限定することのない大衆性を与えて表現されたものと評価できます。

“男にはできないことだもの 泣かせて”のフレーズを、誰しものなかに存在する、他人のまえで涙をみせることを美徳としない人格を描いただけである、その人格に与えた記号の名前がたまたま「男」だっただけである、とすれば、別に鑑賞する人の現実(肉体あるいは精神)の性別を特定のものに限定する表現とも思えません。その記号に与える名前を「男」とすること自体に異論を唱えるのは、歌(楽曲)そのものへの批判とはもっと別におこなうべき抗議行動だと思います。記号自体はその便宜のために、深く細心の注意を払った議論をおざなりにして、時として軽く爆発的に広まりやすい性質のものだからです。

泣かせて 研ナオコ 曲の名義、発表の概要

作詞・作曲:小椋佳。研ナオコのシングル、アルバム『名画座』(1983)に収録。

研ナオコ 泣かせてを聴く

Ⅴマイナーの分散和音のピアノからはじまるイントロが何かはじまりそう。雨上がりの変化の予兆でしょうか。

息がマイクに乗っちゃっただけかと思えるくらいにささやくように柔和な歌唱。すすり泣きそのもののような研ナオコさんの歌唱。フワっとストリングスやシンセの音が入って、ニュー・ミュージック的というのかこの時代(1980s)相応の堅実なサウンドという感じもする一方、羽田健太郎さんが携わったなにがしかの音楽作品のお印みたくピアノのモチーフやオブリが要所で泣きを演出します。メロい、エモい。間奏はストリングスとピアノのユニゾンで言葉を超越した泣きを表現します。スネアがリムとオープンを使い分けて空模様を演出します。オープンショットが太陽のようにあたたかく太い音色。

悲しいことはどんな化粧したって悲しいのです サビをくくる歌詞。そりゃそうだ。それでも化粧をして今日もでかける。それが社会人の悲しい性。在宅や個人事業、起業家などそうでない働き方ももちろんあまたあるでしょう。この歌は多様な記号のうちのひとつに光を当てただけにすぎません。

雨上がりは 晴れるものよ 当然のことわりこそが救いである場合は案外多い世の中。つまりいつかは晴れるのは当然だが、その最中ではなかなかそうは思えない。あるいは雨が降っているあいだに感じる、やきもきした不快感は地獄のように長く感じられることを暗示します。苦痛は長く、快楽は一瞬。非情なものです。

最後の泣かせてのリフレインで転調してB♭調へ。半音上の調です。もう晴れ間がさしている空模様の意匠かもしれません。涙ふいて空をみてみなよ、もう雲はうしろに流れるばかりです。

青沼詩郎

参考Wikipedia>名画座 (アルバム)泣かせて

参考歌詞サイト 歌ネット>泣かせて

研ナオコ|公式ホームページへのリンク

『泣かせて』を収録した研ナオコのアルバム『名画座』(1983)

ご寛容ください 拙演(YouTubeへのリンクShiro Aonuma @bandshijin『泣かせて(研ナオコの曲)人前での涙を隠す・許容する美徳【ギター弾き語り・寸評つき】』)