日々の普遍を祝い労う“あっり乾杯”
人がビールを飲んでいる映像やらをみるとうらやましくなるもの。他人の卓上から漏れ出るカレーの匂いを嗅ぐと自分もその気になってしまうのとも似ますね。
沖縄のビールとして有名ですが本州のコンビニやスーパーでも手に入るオリオンビール。
沖縄のことば、すなわちウチナーグチで、「なんくるないさ〜」とか「めんそーれ」などは比較的有名かもしれませんが、まだまだ私が知らなかったウチナーグチにたくさん出会う本曲『オジー自慢のオリオンビール』。
マースー……塩。
まーかいが……どこ行くの。
ちゃーならん……どうにもならない。
内地……沖縄以外の場所。
ワッター……私たち。
にーびちさびたん……結婚しました。
ボーカルメロディを観察していると、そもそもの言語(音楽上の語彙、秩序、ルール)が独特だなとおもいます。2・6を抜く琉球音階、4・7を抜くいわゆるペンタトニックスケールの両方の特徴の折衷を図ったような人懐こく故郷(沖縄)の風薫るメロディにビギンのアイデンティティを感じます。
沖縄での暮らしを描き、そのかたわらにかかげた手の頂に三つ星光るラベルデザインのオリオンビール。毎日まいにち、一日のおわりが祝福されている気分になる歌です。

“金がないなら海にが行くさ 魚があれば生きられる なんくるないさ やってみれ 働くからこそ休まれる”(『おじー自慢のオリオンビール』より、作詞:BEGIN)
究極、魚がある。魚が豊富にいる海がある。この圧倒的な価値観が滲み出た、楽曲まんなかあたりの何気ないAセクションの歌詞が私にオキナワソウルのたのもしさとおおらかさを印象づけます。社会が、景気が、眉間に皺がよっちゃうような悩ましい情勢であっても、その斜面を転がってしまってもここ(沖縄)では最後は海辺にたどり着き、広大な海に小さな悩みを抱かれて、それもろとも生きる希望が湧くのかなとの心象を想像します。
ABセクションのリフレインが基本構造。後半のほうでビートやテンポから解放されたオチAセクションあり。ビートとテンポをとりもどしてBセクション(サビ)へ回帰。最後に「~あっり乾杯」を5回繰り返すエンディングがつき、シンプルながらも日々の繰り返しや普遍の基盤につつましくも豊かな幸福感、音景を導き入れた楽曲構造になっています。
オジー自慢のオリオンビール BEGIN 曲の名義、発表の概要
作詞・作曲:BEGIN。BEGINのアルバム『ビギンの島唄〜オモトタケオ2〜』(2002)に収録。
BEGIN オジー自慢のオリオンビールを聴く
比嘉さんの歌唱が島の風みたく自由自在です。かつ土の匂いもしてきます。体にしみついた匂い、体そのもが放つにおいはきっとオジーやオバー、もっと上の先祖、島、海、風、水、あらゆるものに由来するものであり、その空気が楽曲を満たしています。
左に振られたちゃきちゃきしたアコギのストラミングとピアノがささえるコード。きらめきゆらめくギターの撫でる和音が隙間、空間をゆったりとつかいます。サビのドラムのパターンがどっかりとしたアクセントを与えます。女声が裏拍の強さをかけ声で決めていきます。ロックバンドスタイルの音楽でしたらこうした裏拍の言語感はエレキギターやピアノのアップストローク、あるいは振りもの・小物系の打楽器に担わせる手段もあるでしょうがビギンなら絶対こうした「かけ声(?)」にグルーヴ感を担わせるのが彼ららしさなのです。1オクターブ上にユニゾンの女声ボーカルがあらわれます。ほか、混声の多様なかけ声、はやしたてが両サイドを広げ、温度を高めます。三線の音ももちろんお印。サビ前を盛り上げる指笛。リードボーカルとオケの対立構造でなく、輪そのものがステレオにパックされています。空気がある。指笛の音なんて部屋の鳴りが生々しく、ありのままに閉じ込められています。日常とともにこうした歌が当たり前にある。一期一会の毎日のかたわらに、あなたを主人公に、オジーやオバーがいたり、オリオンビールが片手に握られていたりする。人のいとなみのか弱い糸のつながりを、ばかでかい海が抱いて、風がなびかせている構図を思います。
青沼詩郎
BEGINオフィシャルサイトへのリンク 比嘉栄昇さんをメンバーに含むザ・パパイヤンズ(6人組バンド)も活躍中のご様子。
『オジー自慢のオリオンビール』を収録したBEGINのアルバム『ビギンの島唄〜オモトタケオ2〜』(2002)