原動力はニュートラル

悲しみの渦のなかにいる人がこの曲のような推進力や躍動を獲得・表明できるでしょうか。最中の人格と距離のある、悲しみを俯瞰できるポジションからの悲しみの再解釈が本曲の肝要な特長な気さえする……ポップなパワーにあふれています。

サビの歌詞をそっくりそのまま繰り返すと英語の楽曲にみるコーラス(日本的にいえばサビ)的な態度を私は感じます。みんなで歌えるからコーラスだという感じが私はします。本曲のサビはI can’t stop the lonelinessを定型に、続く歌詞をところどころうちかえるバランス。そんなところも悲しみの渦中にいる、距離の近い人格と悲しみの感情を俯瞰する距離のある人格(冷静になれる人格)の重ね合わせに思えます。

角松敏生さんプロデュースの名盤『Timely!!』に収録された本曲。作詞・作曲・編曲関係もふくめてゴージャスな人的パワーソースに本曲に賭ける勝負の重みを勝手ながら感じます。アルバムぐるみで美味しいエンターテイメント音楽のゴールデンドリップ。歌詞のない部分にほどこされたリズムのキメや配されたモチーフもゴージャスで絢爛で、全体のコントラストを際立てます。

「みんなのアンセム」であることと「個人、固有の人格のみが分かりうる孤高の嘆き」を両立。人を駆り立てる、物事が動くためのエネルギー(原動力)には本来、正も負もないのだと思えます。

悲しみがとまらない I CAN’T STOP THE LONELINESS 杏里 曲の名義、発表の概要

作詞:康珍化、作曲:林哲司。編曲:角松敏生・林哲司。アレンジの詳細についてホーンセクションが磯広行、ストリングスセクションが瀬尾一三とのこと。杏里のシングル、アルバム『Timely!!』(1983)に収録。

杏里 悲しみがとまらない I CAN’T STOP THE LONELINESSを聴く

音数が多く絢爛できらびやか。低域からちくちくさくさくとかろみある広域までストリングス、ホーン、ベーシックリズム、ラテンの皮もの含むパーカッション、バックグラウンドボーカルが各自のシマ・ナワバリを棲み分けたり境界をフレキシブルに共有・運用。

すべてが終わってしまった立ち位置から悲しみを嘆いているのか? とも思えないくらいにAセクションがポップでメロディアスでコード進行からしてドラマティック。エレファントカシマシの『今宵の月のように』などが私のなかに重なるコードやメロディの動向です。あなたとの一連の体験は、最終的には輝かしくかけがえのない財産だと解釈しているのが本曲の原動力、資源なのかもしれません。間奏のトランぺットソロの音の立ち上がり、消え際まで意匠されたスムースで高らかで明るくも哀愁で研がれたサウンドが本曲の魂の叫びを代弁します。するっとドミナントの半音ずり上げで間奏の終わり際にAメージャーキー to B♭キーに転調、悲しみの地平を半ステップ上げ、過去のわたしもいまのわたしと同居させて悲しみを昇華します。団円のサビ回帰はバンド・オケ全体でのリズムのキメ、ピタっとしたブレイクにピアノとボーカルだけ残る瞬間などをつくりドラマティックに起伏をつけフェイドアウトのエンディングを走り抜けていきます。

別れる別れないは本来ふたりのあいだの話で、第三者が介入して別れさせるとかはおかしい話です。ギャングのお頭と名家の君主が娘と若頭の恋を邪魔するじゃなし……本来は二人の合意、あるいはどちらかの合意が欠如した時点で消えるのが恋の関係。自分が引き合わせた女性の友人と自分の彼氏。それで友人の方が自分の彼氏を気に入っちゃった。こちらに別れてほしいなどと電話をしてくる。彼氏もその友人の女性に気があるんじゃないか? そんなの誤解だと彼氏本人はいうけれどキスと抱擁の仕方で心の機微は筒抜けなのです……こんなポップで絢爛な音楽と接着しているから聴けるけど、内容だけ見たらかなり「こんな人生ありかよ」と中指立てたくなるひどい話では。そりゃ悲しみがとまらないよね。

本当は彼氏との間に潜在的に限界を感じていた。だから、(それもあって)互いが新しい未来に進めるように友人と自分の彼氏を引き合わせた(そこまで考えてそうしたのではないかもしれないけど、あとから振り返ってみると、もうそうとしか思えない)。そんな非情なおのれの運命に対して「悲しみがとまらない」って言っているんだ、自分、がんばれ。悲しみの嵐は一生やんでくれやしない。どんな向かい風だって人のせいにしないで自分で思う未来に向かっていくんだよ、という前向きな激励なのではないでしょうか。

あるいは風向きを変えさせるのでなく、自分が風を背負う方へ走ればいいのです。そうか、風向きはそっちなんだね(ああ、無情)。私が変われば人生も変わるのだ。

青沼詩郎

参考Wikipedia>Timely!!悲しみがとまらない

参考歌詞サイト 歌ネット>悲しみがとまらない I CAN’T STOP THE LONELINESS

杏里オフィシャルサイトへのリンク

杏里のアルバム『Timely!!』(1983)

生産限定盤のアナログあり